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歴史探偵アケチ  作者: 橘晴紀
14/28

君に逢えた④

「御息所。珍しいな」

 明智の言葉に並んで座っていた長良香と村上千種は驚いて振り返った。それが余りにも大げさに感じたのか、明智に「御息所」と呼ばれた女性は不思議そうな顔をした後、長良香と村上千種に笑顔で軽く会釈をした。

 そして、女性は明智に言った。

「お久しぶり、明智さん。お元気でしたか」

 女性は妖艶な笑みを浮かべ、明智の前を通り過ぎると、京子と桃香が女性の側に寄った。

「貴紫子さん。ほんと珍しいね?朝なのに」

 そう言って京子は貴紫子に腕組みをした。

「おはよう、ミヤちゃん。今朝はここに来なアカンって思ったんよ。なんでやろうね。桃香ちゃん、いつものお願い」

 貴紫子はそのまま京子に腕を掴まれたまま、奥の席に向かった。小林は桃香に尋ねた。

「あの人が例の貴紫子さんですか?」

「そうよ。キレイな人でしょ?」

「はい…」

 小林は貴紫子の方を見てそれきり何も言えなかった。そこに京子が戻ってきて言った。

「小林くん。どうしたの?ボ~っとして!分かり易いね。キミは…」

「えっ?何が、ですか?先輩」

 その様子を見て京子と桃香は笑った。一方、困惑の表情で明智を見る長良香と村上千種。席に戻った明智に慌てて尋ねた。

「明智先生。いま確か御息所とおっしゃいましたよね?」

「あ~、アレは彼女のあだ名ですよ」

 心配そうに顔を見合わせるふたり。

「でも、こちらは六条ですよね?だったら」

 長良香がその続きを言おうとして躊躇って、間が開いたところを、隣の席に戻って来た小林が代わりに言った。

「六条の御息所…ですね?」

 すると、京子が言い返した。

「でも、貴紫子さんをそう呼ぶのはヘイちゃんだけだよ。ねっ?ヘイちゃん」

 明智は苦笑いするだけであった。明智と話すふたりの依頼者に邪魔しないよう小林は京子に小さな声で聞いた。

「先輩。貴紫子さんが朝に来る事は珍しいのですか?」

「貴紫子さんに興味津々だね?小林くん」

「そ、そんなことないですよ!一応、常連さんのことは把握しておきたいだけですよ!」

 小林の苦しい言い訳に京子は答えた。

「貴紫子さんは超低血圧で朝は苦手らしいの。だから、午前中に見かけることは滅多にない。ここだけの話、貴紫子さんは未亡人らしくて、それに見た通りスタイルが良くて、あれだけの美人でしょ?それでヘイちゃんは御息所って呼んでるの。有名な書道家でもあるし、将来、京子も貴紫子さんみたいな女性になりたいなぁ!」

「そうですか…でも、源氏物語での六条御息所っていえば、生霊で物の怪になって葵と夕顔を呪い殺すのですよね?貴紫子さんに失礼ですよ」

 小林は首を伸ばし奥の席を見ると、貴紫子の座る席近くに常連客の金物屋主人、荒木とタクシー運転手の尾藤がいた。荒木、尾藤の与太話にも似た会話に迷惑している貴紫子に桃香の救援が出たのは、それからすぐのことであった。小林も挨拶がてら、コーヒーを運び、頼りない援軍を買ってでた。

「明智先生。先日お話した、見ていただきたいものはこれです」

 そう言って長良香は奥の席を気にしながらカバンから大きめの封筒を出した。中には古い本が入ってあった。古本というよりは古文書といったほうが合っている。

 明智は本を開いて中を確認した。

「これをどこで?」

「亡くなった父の書斎で見つけたのですが、隠すように置いてありました」

「詳しく教えていただけますか?」

「はい。役者であった父ですが、大の読書家で、家には数千冊の本があり、本棚は図書館のように分類されてありました。父が亡くなり暫くして、部屋を整理していると棚の後ろに隠し扉を見つけました。それは金庫でした。でも、不思議なことに鍵は掛けられていませんでした。それはその中のひとつです」

「そうですか。ところで村上さんはご覧になられましたか?」

「はい。香が見せてくれました」

「おふたりとも、これをご覧になってどう思われましたか?」

 明智に問われ、ふたりとも顔を見合わせ、次に奥の席を気にしながら長良香が答えた。

「古文なので中々読めなかったのですが、所々わかる箇所もあります」

 長良香は村上千種に促すよう横を向いた。

「六条…御息所の話です」

 村上千種も奥の席を気にしながら言った。

「長良さん。この本は古い割に大変状態がいいようですがどうしてか、何かご存じないですか?」

「わかりません。ただ、見つけた時これは桐の箱に入っていて、かなり丁重に保管されているといった状態でした」

 明智は隣のテーブル、小林の前に移動して火柱を上げた。依頼者ふたりは二度目の驚きの後、にこやかに微笑んで明智を待った。席を外していた京子が戻ってきて、明智が座っていた依頼者ふたりの前に腰掛け、写真を出した。それは昨日、京子がふたりに頼んで撮影した十二単姿の写真であった。三人はそれを見ながら微笑んだ。京子はその中の数枚をふたりに渡した。

「先生。この本はどういったものなのですか?かなり貴重なものですか?」

「そうだな。詳しくはまだ分からないが、おそらく源氏物語の写本だろう。しかも、世に出ていないものかも知れん」

 明智の言葉に女子三人は手を止め静かになった。

「ヘイちゃん、それって幻の本?」

 明智は元の席に戻り、京子の横に座った。

「源氏物語には失われた巻がいくつかある。おそらくこれはその中のひとつで、光源氏と六条御息所の馴れ初めを描いた話だろう」

「それって、かなり高価なものなんでしょう?」

「専門家じゃないからハッキリ分からないが、本物だったら大発見だ!」

 明智は改めて長良香に尋ねた。

「失礼ですが、長良さんは本名ですね?」

「はい」

「では当然、お父様もそうですね?ちなみにお父様はどちらの出身ですか?」

「父は東京ですけど、曾祖父より前は京都に住んでいたと聞いています」

 明智は暫く考えたあと言った。

「これは然るべきところに鑑定してもらったほうがいいと思います。知り合いに詳しいものがいますので紹介しますよ」

 明智の申し出に長良香は暫く考えたが、纏まらないようで村上千種が痺れを切らした。

「香。ちゃんと先生に言いなさいよ」

尚も口を開かない長良香の代わりに村上千種が言った。

「父は生前、私たちの舞台を見ることはありませんでした。それは反対していたからだと思っていました。裏方の香はまだしも、私は自分の母と同じ女優の道を選んだからです。父は私たち母娘によくしてくれました。それは私たちに負い目を感じていたからでしょう。出来る限りのことはしてくれましたが、ただひとつ女優になることは反対していました。でも、それを私に直接伝えることはしなかった。それが一度も舞台に来てくれないことだと思っていましたが違いました。私が勝手にそう決めつけていただけで、実際は逆でした。反対どころか父は陰で応援以上のことをしてくれていたのです。俳優の父の名前は一切出さず、私たちの知らない所で色々動いてくれていました。周りの人も全然気づかないほど」

 村上千種が一呼吸置いたところで、明智は桃香に皆の飲み物のおかわりを頼んだ。村上千種に背中を押された長良香が代わりに語りだした。

「この本を発見した時、一緒に手紙と一冊のノートがありました。そこには父が書いたと思われる脚本の草案があり、それを行く行くは私が脚本を書き、千種に演じてほしいということが書かれてありました。手紙には千種の将来を心配することが綴られてありました。父は家、その他財産を千種に残せないから本を信頼できる人に売ってほしいと書いてありました。そのリストも記載されていました。私たちは父がそのような思いでいたなんて全然知りませんでした。父が亡くなってから知りました。そのことを千種に話せないまま今日まできましたが、今日こちらに来る前にちゃんと話し合ってふたりで決めました。大変ご迷惑だとは思いますが、この本を明智先生にお譲りしたいと思っています。勝手な

お願いとは存じますが、是非お許し下さい」

「え~~~!」

 その驚きは言われた本人の明智より、京子と小林の声であった。

「でも、それってもし本物だったらどれくらいするものなの?ヘイちゃん払えるの?」

「国宝や重文級だったら値が付けられないですよ!」

 京子と小林は勝手にふたりで盛り上がっている。それをクスっと笑いながら長良香が、謝りながら答えた。

「ゴメンなさい。中途半端な言い方で。これを明智先生に貰って頂きたいのです。この本にどれほどの価値があるか分かりません。ただ、父が調べて売れと言ったくらいですから、それなりの価値があると思います。だけど私たちにはそれよりももっと大切なものを見つけることができました」

 変わって村上千種が言った。

「父は源氏物語の中で夕顔が好きだといつも言っていました。子供の頃、私は内容も解らず父が好きだという理由で自分も夕顔が好きでした。物語が解るようになって、しかも自分の境遇を知ってから本当の意味で夕顔を好きになり、また逆に毛嫌いもしました。でも、今回気づかされました。父は善かれと思い、私にこの本を託してくれました。この本は私の手元にあるより明智先生のような方の側にあるほうがいいと思います。先生には今

回、大変お世話になった以上に私たち姉妹を救って頂きました。このようなお願いで申し訳ないのですが、どうかお引き受け願えないでしょうか?」

 村上千種は額が机につくほど深々と頭を下げた。同じく長良香もそうした。明智は再び小林の前に移動して、タバコを取り出した。火柱が轟音と共に上がり、もう

慣れたはずの依頼者ふたりは目を大きくして明智の一挙手一投足を見守った。明智は徐にカウンターへ座り、マスターにコーヒーを注文した。

イスを回転させた明智は依頼者ふたりに向って言った。

「わかりました。おふたりのご厚意に甘えさせていただきます。本当に私の好きなようにしていいのですか?」

 顔を見合わせ、手を取り合ってふたりは喜び、明智に頭を下げて感謝を伝えた。明智は本を手にして言った。

「今回の依頼料はこれで結構です」

「えっ?そんな…それではご迷惑が…」

 そう言った長良香と村上千種はもちろん、京子と小林も驚いて目を丸くした。

「まだ、本物かどうかも分からないのに…」

 村上千種は自信なさげに言った。

「大丈夫です。これを売るような事はしません」

「それでは、明智先生には一銭も…」

 長良香の言葉を遮って明智は言った。

「本物か偽物に限らず、これほどのモノに値を付けるのは忍びない。私個人の利益でそれを汚すのは主義に反する。それが歴史に携わり、生業とする者の使命です」

「でしたら、経費だけでも支払わせてください」

「いいえ。それには及びません。今回、経費がそれほど掛かっていないのと、何よりあなたたちの心意気に感謝していますから」

 納得したふたりは頷いて頭をさげた。店内には明智、依頼者のふたり、京子、小林が入り口近くの隣接した二つの席に座り、奥の席に貴紫子。それを取り囲むように金物屋主人の荒木とタクシー運転手の尾藤。

 中ほどの席にハイミーの常連客と思われる若い男二人。特等席に明智と似た格好の黒いスーツにサングラスの怪しげな男。男は時折、明智たちの方を見ていた。

 それは長良香と村上千種が奥の席を気にしている様子に似ていた。明智はそれを察知していた。明智がタバコを吸うために何度も席を移動していたのもそのためであった。男は間もなく出て行った。

 その際、明智たちの机を確認しているようであった。

 明智は依頼者ふたりに言った。

「紫式部の墓に行かれましたか?」

「はい。一度だけ行きました。確か、誰かの墓と並ぶように建っていましたね?」

「え~っと、有名な方でしたよね?どうしてその人の隣なのかと、香と話した記憶があります」

「それは小野篁です。昼は朝廷に、夜は地獄で閻魔大王に仕えたといわれる平安時代の大臣です」

「なんで、そんな人の隣なの?ヘイちゃん」

「紫式部は愛欲に溺れたから地獄に落ちるといわれていた。実際の式部がそうではなく、源氏物語を書いたからだという理由で。篁は地獄から友人を生還させた事があったという話から、式部にもそうなってほしいと勝手に願って彼の隣に葬られたのだろう」

「凄いなぁ!平安時代って、本当に信じていたんだぁ!今だったらそんな小説書いている作家も多いから、篁の周りも大混雑だよ」

「式部と篁にしたら迷惑な話だ」

 明智の締めで笑いに包まれる一同。長良香と村上千種が立ち上がると、桃香もふたりの元にきた。

「明智先生、みなさん。お世話になりました。東京にお越しの際は一度、私共の芝居も見てやってください。本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げ、それからまもなくふたりは店を去った。京子と小林は橋の袂までふたりを見送って、店に戻るとちょうど貴紫子が帰るところだった。

 京子は再び貴紫子の腕に纏わり付き、桃香は笑顔で話した。貴紫子はマスターに挨拶をして店を出る際、首を僅かに振り明智のほうを見て出て行った。

 後を追うように明智も店を出た。その後、京子は話していた桃香の視線が度々逸れるので振り返ると、特等席から見える東山を望む窓の外で、明智と貴紫子が神妙な顔で向かい合い、何か話しているのが見えた。

 京子は心配そうな顔の桃香をカウンター席に座らせ、

昨日体験した平安世界の話をして彼女の気を反らせた。

 そのふたりを見ながら小林は片付けをしてランチの用意に取り掛かった。

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