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元奴隷騎士アンジェリカの華麗なる転職  作者: F式 大熊猫改 (Lika)


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第二話 

 オグリューはパンフレットを握りしめた。劇場内の照明が再び弱くなっていく。

 奴隷騎士一人の最後と引き換えに、再び舞台の幕が上がる。オグリューは深く座席へと座り直すと、横目で隣の女性へと視線を浴びせた。この女性は本当に、あの少女なのだろうか。


 オグリューが覚えている少女の情報。それはあまりにも少ない。歳は十歳から十五歳前後。誕生日なども不明で、本人ですら自分が何歳なのかなど把握していなかった。少女の育ての親である盗賊は、そのあたり適当だったのだろう。


『ここは……何処? 森?』


 ライトアップされた舞台。少女は白いワンピースに身を包み、中央で立ち尽くしていた。そしてどこからか、賑やかな声が聞こえてくる。祭りでもしているかのように。


『いけない……奴隷騎士は出来るだけ、隠密に、誰の目にも止まらないように立ち振る舞わらないと。でも私はもう自由。そう、自由だ、もう私は……』


 突然走り出す少女。しかしすぐに止まり、俯いてしまう。


『自由って……何? 自由だから何? 私は……』


『やあ、そこのお嬢さん。どうしたんだい? こんな夜の森で』


 新たな登場人物が現れた。少女とは対照的に、煌びやかな装飾品を身に着けた貴族風の男。恐らく第三王子だろう。一目で王族だと分かる姿。無論、実際そんな恰好はしていなかっただろうとオグリューは思う。

 第三王子は突如として王室から姿を消し、行方不明になったと聞く。それは間違いなく、誘拐や戦死などでは有り得ない。彼は自らの意思で、自分の足で姿を消したのだ。その目的は今となっては分からない。第三王子は姿をくらましたままなのだから。


「オグリュー様」


 すると隣の女性がオグリューへと、鼾をかくマルチーズを手渡してくる。モニカは「チョコケーキ……」と寝言を言いながらオグリューの手に抱き着いてきた。


「私はいつのまにか、シスタリア……帝国の国境付近の森まで来ていたのです。無我夢中で走っていましたから。そしてその森の中で王子と出会い……その時思ったのです」


 オグリューはモニカを撫でながら、舞台の少女を見ながら「何をだ?」と尋ねた。そして唾を飲み込む。女性の雰囲気が変わっていた。そう、まるで何かに覚悟を決めたかのような……。


「この戦争は止めねばならない、そして私には、そのための力が備わっていると」




 ※




 昔、牢屋の中で時計屋が言っていた。時計が大好きな奴隷騎士のオジサンが。


『人間は自由に憧れ、不自由を愛する生き物だ。時間に縛られてるのが良い証拠だと思わないか? しかし時間を知る事は必須だ、朝になっても目覚めないと、オグリューに嫌味を言われてしまう。だがこれだけは覚えておけ。もしここを出て自由になれたら……秒針になってはいけない。急がず焦らず、だが少しずつ進むんだ』


 うん、良く分からん。ごめん、時計屋。私はたぶん今、間違いなく秒針になってる。

 なんかいつのまにか森にいるし。っていうか、ここは何処? 完全に迷子になってしまった。


 夜の森の中。そう、ここは森だ。いつの間にかこんなところに迷い込んでしまった。無我夢中で走っていたから。

 でも結構明るい。今夜は満月。まるで昼のように……とまではいかないけど、あの牢屋の中よりは明るい。木々で月の光が遮られていなければ、地面も良く見える。地雷やトラップがあってもすぐ分かるくらいに……。


「おや、奇遇だね」


 突然、声を掛けられた。ここが戦場だったら頭を撃ち抜かれて終わっていただろう。気が緩んでいたかもしれない、引き締めねば。


 声がした方を見る。するとそこに男の顔が。


「……何してるの?」


「いい質問だね。とてもいい質問だ。人生は一寸先は闇と、昔知人が言っていたよ。今の僕はまさにその状態だろう」


 男は首から下が大きな花に飲み込まれていた。飲み込まれて、横たわっている。しかし物凄く冷静な声だ。


「今夜はいい月夜だ。意を決して我が家から出てみれば、なんてことは無い。結局のところ、僕は世間知らずのお坊ちゃんだったという事だ」


「…………」


「あぁっ! ちょっと待って! 無視しないでくれ!」


 良く分からないけど、そっとしておいた方がいいと思ってしまった。というか単純に関わりたくない。


「すみません、私ちょっと急いでいるので……得に用事は無いですが」


「分かるよ、その気持ち。僕も立場が逆なら、君と同じ事を思っただろう。しかし助けてくれるなら……ちょっと待って、なんで……貴方がここに?」


「……? なんでって……得に理由はないです」


 とりあえずと、男の顔の前でしゃがむ。先程は薄暗くてアレだったけど、中々に男前だ。オグリューさんや時計屋よりも、カッコイイ顔をしている。それだけに惜しい。植物に丸呑みにされていなければ、もっと良かっただろうに。


「……ちょっと、もっと顔を見せてくれ……」


「お元気で……」


「あぁ! 逃げないで! 分かった、分かったから! 僕が悪かった! 助けてくれたらご飯を奢ろう!」


 ご飯、という言葉でお腹が空いている事に今気が付いた。そういえば、最後の戦場から戻ってから何も食べていない。オグリューさんの焼き立てのパンが食べたい……。


「助けろと言われても……引っ張り出せばいいんですか?」


「僕の首が取れない程度にね。中で生暖かい壁が密着してくるんだ、ちょっとやそっとの力では抜けないかもしれない。でもあまり力は入れないでくれ、首が千切れてしまうかもしれない」


 めんどくさいな。


「ちょ! 待ってくれ! 分かった! 思いっきり引っ張ってくれ! それで僕の首が取れても君を恨んで化けて出る事は無いと誓う!」


 軽く舌打ちしつつ、男のほっぺを包むように持つ。そのままグイっと引っ張ってみた。すると植物が、逆に男の首を飲み込もうとしている。


「いだだだだだだ! ちょ、あ、ちょ……」


「一回……放してもいいですか?」


「ダメダメダメダメ! 絶対放しちゃダメ! そこに僕のサーベルがあひゅ(ある)! ひょれ(それ)で植物を斬ってくれ!」


「なんで最初にそれを言わないんですか……」


 斬ろうにも既に両手は塞がっている。足を延ばして引き寄せたとして、その後は? 足で剣を扱った事など当然無い。そんな奇怪な扱いしたら、あの奴隷騎士……武器屋(あだ名)のオジサンが怒っただろうし。


 こうなったら……仕方ない。


「大きく息を吸って」


「はい? ま、まさか……ちょ、ま」


 手を離した瞬間、一瞬で男は植物に吞まれてしまった。

 私はサーベルへと飛びついて抜剣。そのまま植物の根を斬った。


 ……! この剣、凄い切味だ。というか錆びてない剣を始めて扱った。剣ってこんなに良く斬れる物だったんだ。


「んぅぅぅぅぅぅぅ!」


「ぁ、今助けます」


 花には申し訳ないけど、大きな花びらをゆっくり斬って男を開放した。中からドロっとした液体と、その液体にドロドロになった男の体が出てくる。なんか嗅いだことがないくらい……臭い。


「くさ……」


「素直な感想をありがとう……そしてなにより助けてくれてありがとう……やれやれ、酷い目にあった……」


 全身ヌチョヌチョの男。私は一歩引いて男を観察。私より背が頭一つ分くらい高い。金色の髪を後ろでまとめて、ヌチョヌチョだけど綺麗な髪だと思った。ヌチョヌチョだけど。


「ありがとう、僕のサーベルを返してくれ」


「……この子が可哀想なので……せめて体洗ってからにしてください」


「ふふ、剣が好きなのかい? 扱いにも慣れているようだね。あの一瞬で根本から切断するなんて、中々出来ない芸当だよ。……参考までに聞かせて欲しいんだけど、その剣技は何処で?」


「何処と言われても……戦いながら学んだ物なので……」


「ふむ。やはり他人の空似か……? いや、それにしては……」


 なんだ、また私の顔をジロジロ見てくる。このヌチョヌチョ。


「ちなみにだが……出身はアーギス連邦か?」


「……なんですか、それ」


「なんですかって……国の名前だよ。今、このシスタリア帝国と争っている大国、アーギス連邦」


「私は……コルニクスの……」


 奴隷騎士、と言おうとして口を噤んだ。その存在自体を知られてはならない、そう言われ続けてきたから。



「コルニクス? 確かアーギス連邦とコルニクスは同盟を……いや、それより、君はコルニクスの人間なのか? 何故こんな辺鄙な所に……」


「さっきから……うるさいな。ヌチョヌチョのくせに」


 その言葉が地味に男に刺さったようだ。その場で四つん這いになって項垂れる男。


「ふ、ふふ……こんなに雑に扱われるのは初めてだ……逆に快感になってきた。よし、では約束どおりご飯を奢ろう。この近くに確か小さな村があったから、そこで適当に……」


 その時、木々が揺れる。爆発だ、少し離れた所で、何かが爆発したような激音が。同時に煙が見えた。ゼルガルド……制圧兵器の稼働音も聞こえる。あの戦場で幾度となく聞いた、巨大な鉄の塊。


「……村の方だ」


 男が震えている。怖いのだろうか。なんだろう、既視感がある。

 そうだ、この男は……初めて私が戦場に立った時と似ている。


「ヌチョヌチョさん、ご飯を食べに行きましょう」


「そう……だな。そして後で改めて自己紹介をさせてもらおう。それまでヌチョヌチョさんで構わない。アンジェリカ」



 ……アンジェリカ?




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