第十三話
潜水艦の中にも夜はあるようで、太陽の代わりになっていた物を消せば真っ暗になる。ここにいる大きなリス達は何を思ってここで暮らしているのだろうか。ここまでするなら素直に地上に住めばいい。しかしそれが出来ない理由があるんだろう。もしくは……何かを成し遂げるために、ここに居続ける理由がある。
「寝ないんですか? アンジェリカ」
「ラスティナこそ……。私は寝すぎたせいであんまり睡魔が……」
美味しいリッスさんの手料理で満腹になっても、睡魔は襲ってこなかった。これは後から聞いた事だが、私は三日程眠り続けていたらしい。ヴェルガルドとヌチョさんはそんな事も無かったらしいが、私は泳げない分、体力を使ったんだろうと言われた。泳げないのに体力使ったって言われても良く分からんのだが。
「なら、ちょうどいいです。貴方に聞いておきたい事があるんです」
「何?」
私は布団に寝ころんでいたが、ラスティナにそう言われて胡坐に。ちなみにここはラスティナが籠っていた黄色い屋根の家。甘い香りのする惚れ薬とやらは、全て破棄させた。臭いから。
「貴方はヴェーザーですね。私が教皇と見間違えたのは、容姿だけではありません。その特異な体質に気付いたからでもあります」
ヴェーザー……? なんかどっかで聞いた事があるような……。
『アハハ、まさかヴェーザーだったとはねぇ! これ以上ない土産話が出来たよォ!』
そうだ、あの時、あの鳥人間が言っていた。私がヴェーザーだとか何とか。
「それ、前にも言われたけど……なんなの? ヴェーザーって」
「魔法……正確には精霊を弾く体質の人間の事です」
精霊を弾く……ふむ、分からん。
「魔法が私に利かないのは知ってるよ。何度か食らった事あるけど、私は無傷だったから」
「それがヴェーザーという極めて珍しい体質の人間です。ちなみにヴェーザーというのは水鳥という意味です。水鳥の羽も、水を弾くでしょう? そこから取ってるんです」
ふむふむ、水鳥……。
「そして教皇もヴェーザーです。貴方が最初ここに入ってきた時、惚れ薬の効果が全く現れない事から、そのことに気付きました。そんな人物はそうそう居ません。そして容姿も教皇に似通っていたら……そりゃ、同一人物だと思うでしょう? あの顔のいい男が言うように、貴方と教皇には確かに何等かの関係性があるんでしょう」
そうは言われてもな。
「ねえ、ラスティナ。グランドレアって……五百年前にあった国でしょ? なんでそんな国の名前出すの?」
「……そのことはまた今度……ここを出れば全てはっきりします。あの顔のいい男の反応を見るに……私の予想は当たっているかもしれません……。でもそうなると私は……」
「……ラスティナ?」
「あぁ、すみません。ヴェーザーの話に戻りましょうか。あまり……過信しない方がいいですよ。魔法が効かないのではなく、精霊を寄せ付けないというのがヴェーザーの本質ですから」
「ごめん、そこから良く分かってないんだけど……そもそも精霊って何?」
ふむ……、とラスティナ先生の魔法の授業が始まる。
どこからか黒板とチョークを持ってきて、私の前で授業を開始。おっと、睡魔が襲ってきたようだ。
「随分都合のいい頭ですね、アンジェリカ。今後、貴方のためになる事ですよ。貴方は今までどんな魔法を受けて来たのか、思い出してください」
「……どんな魔法……」
こう、火をぶつけてくる奴とか、風ぶつけてくるやつとか、なんかよく分からん物をぶつけてくる奴とか。
「つまりは魔法の中では最もポピュラーな、同調系と言う奴です」
「ほう……」
「分かったフリはいいですよ。魔法使いは皆、得意種目はそれぞれ違うんです。何か同調しやすい物が生まれつき決まっていて、それを駆使する感じです。ちなみに同調してない物も使える事は使えます。しかし制度は段違いです」
「ちなみにラスティナは? 何と同調するの?」
「世界です」
なんだって?
「私はこの世界そのものと同調できます。まあ、言っても良く分からないと思うので、私の事は割愛します。さて、その同調系……それは全て精霊のおかげで出来ている事です。我々は精霊を介して魔法を扱っています。魔法陣を編んだり詠唱したりは、精霊に話しかけているんです。超簡単に言えば」
「じゃあ、例えば……火をぶつけてくる奴の火って、精霊なの?」
「そうです。魔法で作り出した火と、実際の火は性質が異なります。通常、火は酸素が無ければ燃えません。しかし魔法で作り出した物は、その場に妖精が存在すればいくらでも燃え続けます。ちなみにこの世界に妖精が居ない空間は……ほぼありません」
「ほぼ……? たとえば居ない場所とかあるの?」
「そうですね……分かりやすいのを言うと、死の大地と呼ばれる大陸はご存じですか?」
知らん。
「大昔に大厄災が起きた土地です。その大陸には精霊は一匹もいません」
「ふぅむ。で、ヴェーザーは精霊を寄せ付けないから……魔法使いの使う魔法は全て精霊で出来てるから通用しないと……」
「しかし世の中には、精霊を介せず行使する魔法があります。それが聖術と呼ばれる物です」
「セイジュツ……? なんか神々しいね」
「まさにその通り。聖術は神が扱う魔法とされ、主に聖職者が扱う奇跡に近い物があります。しかし確認されている聖術は魔法に比べて極端に数が少なく……具体的な数字を言うなら三百種類ほどしか確認されていません」
結構あるじゃん。え、魔法ってもっとあるの?
「この聖術、どんな人物が扱うかと言えば、イメージ通りの聖職者とかではありません。有名どころで言えば、竜星の学院でしょうか」
「うーん、有名なのかぁ……知らんけど」
「まあ、魔法を齧ってないと分かりませんよね。そうですね、私がやってみせましょうか」
するとラスティナは、クルンと可愛くその場で回る。するとあら不思議……!
ラスティナが……猫になった!
「ら、ラララララスティナ!? 猫だったの!?」
「勿論違うにゃ」
「にゃって言ってる!」
「こほん。これが聖術の一つ。我々が変身術と呼んでいる物です。これを扱える者はごく一部。私の凄さが分かりましかにゃ?」
その辺は分からんが、まあ凄い事なんだろう。
私はナチュラルにラスティナを抱っこしつつ、膝の上に。
「おぉ……可愛い、暖かい……」
「さて、注意点です。この聖術は他人に施す事も可能です」
「それって……聖術だから私も変身させれるって事?」
「その通り。このような可愛い猫ちゃんならまだしも、変な魚とかに変身させられたら……」
背筋が震えたわ。
「分かりましたか? 聖術の恐ろしさが。他にも他人と心臓を入れ替えたり、脳ミソを混ぜたり、内臓の一部を石に変えたり……」
「なんかエグそうなの多いんだけど……聖術ってそんなんばっかなの?」
「神が扱う魔法ですから。神はこうして人間を作った、と聖書にも出てくるでしょう? 神は泥人形に、自分の骨の一部を使って人間を作り出したのです」
私達はもともと泥だった……。
「そして当然、この聖術には攻撃性の高い物もあります。魔法が通用しないからと無防備でいたら、いつか一瞬でバラバラにされるかもしれません」
私はこれまで魔法が効かないからと魔法使いに突っ込んでいた。
もしその魔法使いが聖術を扱う人間だったら……死んでたかもしれないという事。
「それ……見分ける方法とかあるの?」
「魔法初心者のアンジェリカには無理でしょう。魔法使いなら、陣の編み方や詠唱の違いで見分ける事は可能ですが。しかしそうですね……妙に眩しいと思ったら避けた方がいいかもしれません」
「眩しいと、聖術の可能性があるってこと?」
「あくまで可能性です。この変身魔法のように、光など発しない聖術もあります。あくまで目安です。目の前の魔法使いの雰囲気がいつも違ってて、尚且つ妙にキラキラしてたら要注意です」
すごい曖昧なアドバイスありがとう。キラキラした人は今後避けるか……。
「ちなみに聖術はアンジェリカも扱う事は出来ますよ。精霊を介しませんから」
「うーん、私は興味無いかなぁ」
「そうですか……単純に剣の切味上げるとかありますけど」
「それだけ覚えるわ、教えて」
▽
ここからはアンジェリカの知りえない事情。彼女達が潜水艦の中で過ごしている内に、外では十年の月日が流れていた。それをアンジェリカ達が知る事になるのは少し先の話。
アーギス連邦はエレメンツと呼ばれるキメラを開発、生産し続けていた。軍人の肉体に異なる生物、魔法で召喚した異形などを組み合わせた強化人間である。
それらは聖術を使い、作り出されていた。アーギス連邦の三大賢者の一人によって。
彼女の目標は、天使と人間のキメラを作り出す事。
しかしあくまで目標であって、目的ではない。彼女が目指すのは、自分の理論を実証する事にあり、さらに言えば願望を叶えたいという純粋な感情で動いていた。
そのために幾人が犠牲になろうとも構わない。
ただただ自身の研究の為に、悪魔に魂を売り払った。しかしそれで喜んでいる犠牲者も居る。軍は彼女の研究を援助していた。戦争に必要な戦士を作り出すという目的で。
さて、彼女の願望。それは天使をこの目で見る事。
当然、天使とは宗教上、神と人間を繋ぐメッセンジャー的な役割で作られた想像上の存在である。
しかし実際に聖術という技が存在し、古代文明アランセリカの壁画には意味深な天使の絵文書が残っている。これらは何を意味するのか。天使が実在していたという事ではないか?
「もうすぐ会えるよ……私の天使……」
己の願望を叶えるため。
戦争という特殊な環境を最大限利用し、彼女の研究は完成間近となっていた。
残るは、その天使の媒体となる……ヴェーザーという特殊な体質の人間を見つける事だけである。




