第十二話
食事を終えた後、ラスティナに助力を求めるため、私達は彼女を拘束……もとい、囲んで……いや、一緒に話し合いを。
「くぅぅぅぅぅ! 顔のいい男! 私に近づくな! 教皇陛下、こいつなんかと関わってはいけません!」
「いやぁ、それほどでも」
ヌチョさんが居るとラスティナは徹底的に拒否る。しかしヌチョさんが居ないと、私的にはどうしようもない。まずは私の事を教皇だと思っている勘違いを正してもらわないと。
「ラスティナ、私は教皇じゃないわ」
「何を仰るのです! まさかまだ、あのことを気にしているのですか? あんなのデマに決まっています! 気にする方がどうかしてます!」
あのこと?
ヌチョさんは首を傾げつつ、ラスティナへといくつか聞きたい事があると質問を始めた。
「色々あるが……あのこと、とはどのことだ?」
「はっ! そんなの教皇選挙は不正があったと、くだらないデマをまき散らす不埒者が暴動を起こした事に決まってるじゃないですか! 教皇陛下、あの方は今でも貴方を信じています! 勿論この私もです!」
「あの方? 教皇選挙の暴動……まさかヘンツーヤ事件……いやいや、まさか」
「……おい、顔のいい男。何故お前がヘンツーヤ様を知ってる! やっぱりお前、教皇陛下を暗殺しようとする一派の手先か!」
何を言っているのかサッパリだ。
しかしヌチョさんは深刻そうな顔で唇に指を当てている。
「ヌチョさん? どうしたんですか?」
「いや……教皇選挙で暴動が起きたのは、後にも先にもヘンツーヤ事件だけだ。でもそれは五百年前の出来事だし……」
五百年前? そういえば、グランドレアって国が実在したのも……五百年以上前。
「ヘンツーヤはテロリストだ。元々は教皇側の人間だったが、わずかな金銭で寝返った愚か者だと言われている」
「……! おい、ふざけんな馬鹿! ヘンツーヤ様が寝返るわけないだろ! 教皇陛下をのし上げた張本人なんだぞ!」
「確かに。彼は当時わずか十七歳の少女に学を与えて、枢機卿にまで叩き上げた。しかし少女との間に思想の摩擦を感じ、離反したと言われている。そしてそのヘンツーヤを処刑したのは……少女本人だ」
「おい、お前、何を出鱈目をペラッペラと! ヘンツーヤ様は教皇の育ての親なんだぞ! そんな事になるわけないだろ!」
「しかし歴史書にはそう記されているし……」
歴史書……
「あの、ヌチョさん。今の歴史の話なんですか?」
「そうだよ。他国の古い歴史だけど大きな事件だからね。ヘンツーヤは国の政にも関わる人物でありながら、テロリストに加担して国の転覆を計ったとされてる。しかし皮肉にも、彼を処刑した少女は大きな信頼を得る事になった。恩師を殺した血の教皇というレッテルも貼られたけどね」
ラスティナは今にもヌチョさんに飛び掛かろうとしていた。しかし私とヴェルガルドに睨まれているために動けない。怒りで体が震えているのが分かる。この怒りは本物だ。何故彼女がそこまで怒る? 五百年前の歴史の話だ。まるで見知った相手を強烈に愚弄されたかのような反応。
その時、ヴェルガルドは首を傾げながらラスティナの反応を見ていた。何か気付いたのだろうか。
「ヴェルガルド、何か言いたげだけど」
「うーん。なんかこの嬢ちゃん、あいつに似てるなって……」
あいつって誰だ
「あいつって誰よ」
「お前の方が良く知ってるよ。時計屋だ。奴隷騎士の」
時計屋? いやいや、あっちはむさいオッサンだし、ラスティナとは似ても似つかないぞ。
「目腐ってんの?」
「見た目の話じゃねえよ。あいつと世間話した時、たまたま今と同じように歴史の偉人の話になった。その時、あいつ滅茶苦茶怒っててな。彼はそんな人物じゃないとかなんとか」
世間話って……あんたら、仲良かったの?
戦場で会う度に殺し合いになってたのに。
「ヴェルガルド殿、ちなみにその彼というのは?」
「コルニクスの英雄の話だ。奴隷騎士ってワードがそもそも古臭いからな。その制度が生きてたの、確か数百年前だろ。彼ってのは奴隷騎士だったエドワルドっていう英傑だ」
その時、ラスティナがエドワルド、という名前に反応した。初めてヴェルガルドの顔を正面から直視して……
「……お前も良く見ると顔がいいな」
「そりゃどうも」
ラスティナのストライクゾーンどうなってんだ。範囲広すぎじゃないか。
「エドワルド殿がなんで歴史の人物になってるんだ。奴隷騎士のエドワルド、教皇も彼に救って頂けたではないですか、ほら……雪山で遭難した時に」
まるで見て来たかのように話すラスティナ。
ああ、もう、わけがわからん……。
「そんな人知らないし、私は教皇じゃない。顔が似てるってだけでしょ。教皇の手の平、こんなゴツゴツしてた?」
私は剣を握って出来た豆だらけの手の平を見せる。それを見たラスティナは、何を仰っているのやらと
……
「教皇陛下は元々は騎士になりたったからと、毎日剣を振り回していたじゃないですか。流石に枢機卿になってからは控えてましたが……影でコッソリ鍛錬していたのは私も知ってますよ。何せ私は教皇陛下の側近の魔法使いですから!」
「側近なら、なんでここに一年も引きこもってるの?」
私の指摘が胸に刺さったようだ。プルプル震えながら項垂れるラスティナ。
「だって、だって……教皇陛下が、よりによって、あの男を選ぶからです! 顔がいいからって、なんであんな野蛮人と!」
誰を選んだって?
ヌチョさんは腕を組みつつラスティナへと、疑問を口にする。
「当然ながら教皇は聖職者だろう? 誰か特定の男を選ぶなんてことは……」
「はっ! これだから素人は。聖職者だからってイコール独身なんて古いんですよ。大体、童貞と肉欲をごっちゃにするから、そんな勘違いが……」
「まさにアーギス連邦と帝国が同一の女神を崇拝しておきながら、宗教的な摩擦で戦争に至っている今の状況そのものだな。神にその身を捧げた者のみが聖職者として認められるという帝国の主張と、アーギスの男女の関係は祝福されるべきという主張が今の摩擦を生んだ」
え、この戦争って、そんな理由でやってるの?
「元々はグランドレアの思想だったのか……」
っていうか、話が脱線し過ぎだ。私達はラスティナに助力を求めるために話し合ってる筈なんだから。
「あのヌチョさん……そろそろ話、戻しません? あのね、ラスティナ。私達はアーギス連邦に行きたいの、だからこの潜水艦が再浮上したときに、魔法でなんとか私達をアーギス連邦までうまい事運んでくれない?」
「……そのアーギス連邦っていうの私知らないんですけど……というか、本当に教皇陛下じゃないんですか? さっきから話噛みあってないし、教皇はこんな背高く無いし……」
やっと疑い始めてくれた。というか私だってそんなに背高い方じゃないぞ。奴隷騎士の中で一番ちっちゃかったし。
「貴方がなんで一年も引きこもってるかなんて、私達には関係ないし深堀りする理由もない。私達を運んだあと、貴方はまたここに引きこもって貰っていいし……」
「私にメリット無いじゃないですか。貴方が教皇陛下でないなら、私が協力する理由なんて……」
するとヌチョさんが一歩ラスティナに近づいた。すると過敏に反応するラスティナ。
「わっ! 顔のいい男は近づくな! この不埒者!」
「君の知ってる教皇とこの子が瓜二つなのは理由があると思わないか? 側近である君が見間違える程に似ているんだ。全く無関係の筈がないだろう。そう、例えば……教皇の隠し子とか」
いや、んなわけないでしょ。
「……確かに」
納得しちゃうの!? ラスティナ!?
「教皇はモテモテだったから……! 教皇選挙だって、ヘンツーヤ様が裏で動いてたのもあったけど、ほぼほぼその美貌で当選したも同然!」
グランドレアの教皇選挙大丈夫か。そんな理由で票入れちゃうって……。
「でも教皇の子供は有り得ない……ほぼほぼ教皇と同い年なのだから!」
「なら姉妹とか従妹とか、生き別れた双子とか」
もう何でも良いやって、投げやりにやってませんかヌチョさん。そんな都合のいい事……
「……それなら在り得るかも……」
あるんかい!
「教皇は自分の身の上話とかはしてくれないし、たまに上の空で寂しそうにしてるし……肉親の事を聞いても笑ってごまかされるし……」
「誤魔化すという事は、何かしらの事情があるって事だ。ラスティナ、僕等がこうして出会えたのは理由があるとは思えないかい? 君が一年もここに引きこもってるのも、相当な理由があるんだろう。それは教皇に疑問を抱いたからでは? 教皇の側近として、このままでいいのかい? 疑問があるなら払拭するべきだ。でないといざという時、体が動かない」
ヌチョさんの言葉にどこか共感できるところがあったのだろう。ラスティナは結構すんなり頷いてくれた。
「でも……条件がある」
「なんだ?」
「この娘と一緒に行動させてほしい。えっと……名前なんていってたっけ……」
「アンジェリカよ、ラスティナ」
「……アンジェリカ。確かに私は、そこの顔のいい男の言う通り……教皇から心が離れてしまっている。一年間引きこもって考えてみたけど、教皇の考えは理解出来そうにない。あんな顔だけいい男に引っかかって……」
なら……
「それなら、なんでその男、ぶっ飛ばさなかったの? 嫌な奴なんでしょ?」
「そう! 嫌な奴! 命がけで教皇守ったり、教皇の好きな花把握してたり、料理も美味くて教皇の胃袋ガッチリ掴んでるし! ほんとうに嫌なやつ!」
あ、私が思ってた嫌なやつとは少し方向性が違う……
「一年もここに引きこもって、結局答えは出なかった。あんな嫌な奴でも、いいところはあるかもしれないって……考えたけどダメだった」
うん、むしろいいところしか無いよね?
「こうなったら直接問いただしてやる……お前は一体……何がしたいんだって!」
その時、私達は同じくこう思っていたに違いない。
その男、ただただ教皇の事が好きだったんだろうなぁって……。




