359.安心
淡々と進む引き揚げ作業、心の中では隊長との感想戦を何度も繰り返しているが、今の所確たる勝ち筋は見えていない。
強いて言うなら、自分は完全にお手上げの状況に持ち込まれて降参したものの、まだ生命力には余裕があった。
つまりハメ状態から切り返すスキルなり術なりが一つあれば、まだ可能性がある。
勿論たらればだが、次に自分にとって必要なものは何か考えておく事は無駄ではない。
今回の戦いで分ったことだが、隊長は多分元々攻撃力がかなり低いのだろう。
何しろあのスピードあの硬さあの筋力と揃って、攻撃力まで高かったら本当に手に負えない。
だが自分を削りきれなかった事から、多分元々相手を反撃できない状態にする事に長けていて、出来る限り少ない手数で殲滅するようなタイプでないことはよく分った。
集団戦において乱戦状況で一手でも減らして殲滅速度を上げられれば、戦いは有利になると思うのだが、そこはまた違った思想なのだろうか?
確かに大将が落ちないという事は集団戦においてももっとも重要となる要素だろうし、全部自分が倒さねばならないと言う事もない。
そう考えると、最前への斬り込みと退避を素早く行えて、尚且つ味方に有利になるようなバフやデバフをばら撒ける隊長のスタイルもありと言えばあり?
逆に一対一の戦闘時は、型にはめて反撃を許さず倒すというスタイルに変化するのかな?
その集団戦でも持って行かれてしまったが、あの暗闇になる術が肝だった。
相手に対策出来ない予想外の切り札を持っておくというのは、悪くない。
結論、力押しで何でも解決してきたけど、今後はもっと手札を増やす努力が必要って事だ。
力押しをするならもっと自分に有利になる戦場を選ぶべきだったし、情報収集が足りなかったかもしれない。
雪でもスピードが落ちない相手だとは思わなかったしさ……。
それならいっそ地盤が安定した場所でやりあうか、乱戦中に<壊剣術>天蓋 <鋼鎧術>護土鎧コンボで強制一対一に持っていけば、そのまま 天衣迅鎧 獅子錨 コンボでパワー&ウエイト勝負に持ち込めた可能性もある。
そんな事を考えている内に【帝都】に入る。
宰相の最後の妨害があるかもと思ったが、実際には静かなものだった。
大手を振って皇帝を歓迎する訳にもいかなければ、石を投げつけるのも自殺行為だろうし、静観こそが唯一の正解だろう。
自分達が雪を踏みしめる音以外何も聞こえず、先頭には皇帝をはじめとした多分【帝国】重職のヒト達が並び、
隊長は何故か列の後ろの方で、まるで何も知らない関係ないただの制服軍人のような顔をしてついてきている。
自分は隊長と横並びで進んでいるものの、気配と言うものが無い。
いやあるにはあるが、まるで一般のそれであって、石ころにでもなりきったかのような静か過ぎる空気が逆に不気味だ。
「隊長、今後の【帝国】をどうするか考えはあるんですか?」
「ないよ?」
「え?無いまま内乱に参加してたんですか?他のプレイヤーならいざ知らず、隊長はこの国の重職なのに?」
「別に自分は政治家じゃないもん。ただ国民を餓えさせてたからイライラしてやっただけ、あとは元凶の白竜を殴る」
……相変わらず、掴み所が無いというか何と言うか……。
やっぱりこの内乱負けたのって、隊長を敵に回したのが最大の失策って事?
そしてその原因は宰相の策の所為って……。
まあでもそれは自分が隊長と戦いと望んだ事が原因で、ゲーム側が用意してくれた状況の可能性もあるし、結局元凶は自分か。
何となく腑に落ちて、悔しさより安心感が勝る妙に静かな心持ち。
隊長の一周年イベントを見てゲームを始めて以来、ひたすら戦い続け、少しでも強くなろうともがいていたら、いつの間にか戦う相手が限りなく少なくなっていた。
折角楽しい空間で、やりたい事があって、毎日が充実していたのに、それがもうすぐ終わってしまうんじゃないかと言う焦燥感が、その状況を更に加速させていた気もする。
でも、こうしてまだ勝てないプレイヤーがいるのだから、自分のこのゲーム攻略はまだ終わっていない証拠。
気がつくと隊長が皇帝と何かコソコソ話し、そのまま帝城に向かっている?
そして、それはもう初めて見た悪役顔で待ち構えている宰相。
「お待ちしておりましたよ。さぁ、どうします?」
策は尽く外れるけど、基本なんでも自分でやっちゃう苦労人なのに、何を精一杯悪役ぶってるんだか?
何なら、自分の横には気配を消して、裏で全てを動かすサイコパスがいますよ?
「何で!こんな事をした!多くの民衆を苦しめ!挙句この有様で何を大物ぶっている!」
最前に立つのが皇帝本人ってどうなの?普通部下に任せる場面じゃなかろうか?
何しろ勝負は決していて、あとは宰相と自分に何がしか裁定を下せばいいのだし。
ところが、自分の考えを他所に始まる【帝国】トップの殴り合い。
何を見せられてるの?って言うえげつない攻撃の応酬は、素手と素手ながら中々見ごたえはあるのだが、如何せん国のトップがやる事じゃない。
寧ろ国のトップがそれで決着つけられるなら、始めから内乱なんてしなきゃいいじゃん。
隣でほくそ笑んでる危険人物に気がついた時、やっぱりこの人が最悪の悪党だと気がつき、倒せなかった事に冷や汗が流れ落ちる。
今なら奇襲できるかな?
いや無理か、この人どんな奇襲も対応しちゃうって話だし、都内の障害物を自由に使える環境で戦って勝てる保証もない。
何にもない平原だから、姿を見失わずに戦えるって言う前提でやったんだもんな。
宰相と皇帝の戦いと言うには小規模だし、喧嘩と言うには技のキレがありすぎる闘争は間もなく終わり、最後は頭突きで皇帝が競り勝つ。
何を喋るでもなく、隊長の質問に目だけで答える宰相。
隊長は帝城内に白竜を殴りに行く。
ついていくか迷ったが、白竜を殴るのが隊長の望みなら、敗者である自分が止める事は出来ないか。




