358.怪物
壊剣術 天荒
殴盾術 獅子打
自分が最もよく使う二つの術を展開しながら、<癒液>を飲んで精神力を回復する。
正面から近づいてくる隊長は自分のスキルではシルエットしか分らないものの、怪しいオーラを纏っている?
相変わらず身軽な足取りだが、この深い雪がほんの少しでも隊長の異常な移動速度を緩めてくれれば、反応出来ない事もないだろう。
そんな都合のいい事を考えたのも束の間、あっという間にその姿を見失い、ただ反射のみで、
鋼鎧術 耐守鎧
を発動、脹脛に衝撃を感じたまま素直に重剣を振り払う。
剣先の前をあざ笑うかのように転がり距離を取り直され、剣を持つ反対側の手をこちらに掲げてる?
これもただ、何となく怪しい雰囲気を察して、
殴盾術 獅子反射
重い衝撃と同時にこちらも盾から獅子のエフェクトを発し、隊長に襲い掛かる。
そのエフェクトを追うように隊長の首を狩れば、あっさり受け止められた。
打ち合った剣で、お互いに押し合うものの、筋力は同等なのか?
明らかにパワータイプの自分とスピードタイプの隊長が、筋力で同等なんて事があってもいいのか?
流石にこのゲームのあり方とそぐわない状況に混乱し、何か仕掛けがあるのか頭を動かそうとした所で、
剣を持つ隊長の左腕から怪しいエフェクトが伸びて、一気に押し返される。
術由来の筋力かと察し、何かやり返す方法と思ったが、あっという間に突き飛ばされる。
押し返されるまま、一歩下がり、
敵を前にして下がるという珍しい現象に、思わず笑みがこぼれてしまう。
フルフェイスの冑の下の事なので、ばれてはいないと思うが、つい乱暴に地面の雪を巻き上げるような斬り上げを見舞った。
するっと半身で避けられるが計算通り。
相手の身動きを盾で封じて、
武技 ……
強引に盾裏に手を突っ込んできたかと思ったら、腹部に尋常じゃない衝撃を感じて、
気がついた時には膝から崩れ落ちて、隊長を見上げていた。
隊長はいつの間にか距離を開け、何か左手に持っていた物を宙に放ると、手が一本増えて受け取る?
ちょっと見ぬ間に腕まで増えて、姿を見失うほどの軽量高速なのに筋力は自分以上って……
アンタ化け物かよ。
ギリッと奥歯を噛んで、一歩踏み出しながら盾を横殴りに振り回す。
あっさりと回避しながらも姿勢が低くなった隊長を蹴り飛ばすが、それも剣でガードされた。
だが受けた態勢が悪かったのか、そのまま転がる隊長に上から剣で突きこむ。
それは柔らかく受け流されて、右足を抱え込まれた。
そのまま何をどうされたのか、力の入らない方向に引き込まれて柔らかい雪の上に転がされる。
背中から崩れ落ち、何かの術をくらったが、ダメージは無い?
立ち上がった隊長の下腹部を踵で蹴り上げると、流石に一歩吹き飛んだので、その隙に立ち上がる。
隊長の出方を待っていたら、完全にペースを持っていかれてしまう。
雑でもいいから攻撃を続けるしかあるまいと、
武技 盾衝
盾の突進攻撃で吹っ飛ばそうと思ったのだが、地面に根が生えたように動かない隊長に、
剣の内側についた刃で抱え込むように斬りつける。
抱きつく様に動きを封じて、筋力勝負に持ち込むと、寧ろ剣を持った右腕を抱え込まれた。
そのまま関節を絶対動かしちゃいけない方向に捻られ、前屈みになった所を目の端に隊長のショートソードが飛んでいくのが見えた。
何で剣を捨てたのか、考える間もなく喉を締め付けられて、理由が分った。
身動きの取れないまま急所ダメージが入り、間もなく致命的なデバフを貰う予感に、声にならぬ声で自分の信じる筋肉達の名前を叫ぶ。
熱く煮えたぎる様に走る血潮が、自分の筋繊維を膨らまし、強引に隊長を振り払った。
その代償として、筋肉に耐え切れなかった右腕の骨が折れ、部位破壊が成立し、剣を取り落とす。
現実で骨が折れていたら痛みで、これ以上の継戦は不可能だろうが、これはゲーム。
抑制された痛みに寧ろ頭が冷たく冴えて、盾も投げ捨てる。
鋼鎧術 空流鎧
鋼鎧術 灰塗鎧
左手を突き出し、距離を測っていると、
隊長はナイフを一本抜き出して、軽やかに両手でパスしながらこちらを伺っている。
左足を突き出すように、隊長の足を狙ったもののかわされ、追撃で右足で上段蹴りを見舞ったもののそれも回避された。
そして今度は隊長の番とばかりに、ナイフで突いてきたので左手でガード。
しかし何をどうしたのか、すり抜けて来たので膝蹴りで距離を取り直す。
まるで影でも蹴っているかのように軽い手応えに、気がついたら左腕を取られて、そのまま背中から転がされる。
すぐさま反撃を……。
冑の顎を掴まれて、喉に一刺し。
デバフで硬直し、動けなくなった所に異常な回転数の滅多刺しを喰らう。
執拗で陰険で終わりの見えない攻撃の連続、硬直が解けた瞬間には次の硬直が始まり、反撃を許さない。
<白竜気>の耐性で一瞬動けても、回転数が高すぎて、何発か喰らっている内にはまた硬直。
チクチクと大したダメージでもないのに、やり返すことすら出来ない絶望。
「ソタローどうする?この内乱の顛末最後まで見る?」
「はい。自分の負けです」
ここから返す手だても思いつかず、降参した。
戦闘状態が解除されると、死屍累々とはこの事か、いつの間にか一方的に自軍が狩られ放題狩られていた。
隊長は真っ白な制服の両腕の袖をまくり上げ、左腕から左頬にかけて異様な黒い文様が浮かび上がり、更には不気味な腕と足に、尻尾まで生えた異形としか言えない姿から、
スッと、あっという間に地味な灰色の制服軍人に代わった。
【帝都】内勤者に混ぜたら、きっとすぐにどこにいるのかも分らなくなるかのような地味な姿。
体の熱気を雪が奪い、負けたという実感が、少しづつ皮膚の外から冷気と共に沁み込んで来る。




