355.さいこぱす
「【旧都】避難は思いの外、順調なようだが、よくまあ住民の気持ちを掴んだなソタロー」
ある日の事、バタバタと決戦に向けて【旧都】放棄を進めていると、カトラビ街の兵長がのんびりと話しかけてきた。
何しろこのヒトと来たら、いつもラフな格好でフラフラとしている。
ちょっと質問してみると、その方がいつでも心置きなく戦えて死ねるだろう?との事、【兵士】として命を掛けるものとしての覚悟が違う。
「おかげ様で計画は順調です。しかもどれだけ丹念に【偵察兵】を派遣しても、向こうも向こうで限界らしく、この都を維持する程の余力は無いとの事ですし、多分上手く行くと思います」
「だったら、住民を残してもっと負担を掛けてやればいいのに、ソタローはちょっとヒトが良過ぎるのが難点だな」
「こちらの浅はかな考えなんか逆に利用してくる相手なんですから、こちらは正攻法でじっくり首を絞めていく方が丁度いいんですよ。そもそもあの人はあの人で世界的人気のある将軍なんですから」
「だとしたら、都の連中は何でソタローの口車に乗って逃げていくんだ?」
「凄すぎて逆に実体が分らないからですよ。自分なんかからすると目的に一直線にしか見えないんですけど……」
「けど?」
「例えば目の前に地雷原があるとして、普通なら迂回するじゃないですか?あの人は真っ直ぐ中央を突っ切ります。地雷だって起爆するまでタイムラグがあるんだから、一気に駆け抜ければいいんだって……、寧ろ一気に駆け抜けないから吹っ飛ばされるんだって言う相手なんですよ」
「まあそりゃ狂ってるとは思うが」
「そこに来て、あの人の特技は砦潰しです。ヒトさえ死ななければ何をやってもいいと、本気で何の悪意も無く考えてます。都に住むようなヒトは大なり小なり財を抱えていますから、今のうちに逃げねば全て失うと言えば、逃げますよ」
「まあ相手が相手だし、当然といえば当然か。だが、それでも全部が全部とは行かないだろ」
「寧ろ残りの方が分りやすいじゃないですか。食糧難ですよ。【帝国】全土で極端に【旧都】の食料だけ少ない」
「【帝都】の方では持ち直してるって言う噂なのにな」
「宰相の策ですよ。【旧都】放棄の計画を聞いてすぐに手を打ってくれました。今後宰相自身が後ろ指を指されるだろうに、敢えて【旧都】への食料流入を止めて【旧都】からの疎開を促してくれたお陰で、自分は実質殆ど何もせずに、今回の計画を推し進められます」
「やっぱりか、そんな事だろうと思った。疎開する都民達の護衛をする【兵士】達もこのまま宰相について【帝都】に行くか、行方をくらますかで随分と盛り上がってたからな」
「どちらでも自分は責めませんよ。こんな状況ですし生きる事を最優先にしたらいいんです。自分は【帝都】近くの平原で決着をつける事しか考えてません」
「何か随分と人員を割いてずっと監視を続けてるそうじゃないか?」
「それは当然です。下手をすれば自分が決戦場の選定を済ませている事も筒抜けかもしれませんし、そうなれば監視員を置いて、小細工をされないように注意するのが当たり前でしょう?」
「こう聞いてると何か、ソタローの敵はよっぽど外道というか、当たり前のヒトの道を外れた存在に感じるんだが、何でそんなに正面決戦にこだわるんだ?」
「そりゃ、絡め手なんか使った日には逆に利用される可能性があるし、自分の唯一の勝ち目は正面決戦しかないと思ってます。何よりあの人は正々堂々の解釈が広すぎるんですよ。事前に決戦場に罠を仕掛けるのも別に何も悪いこと思ってない。それだけです」
「ふーん、まあソタローがそれでいいならいいけどな」
誰も彼もがバタバタと過ごす間、カトラビ街の兵長と話す事が多くなった。
一人、また一人と【旧都】を去り、最後に誰もいなくなった【旧都】はヒトの生活がなくなっただけで、あっという間に雪が深く積もる。
内乱が終わったら、また賑やかさが戻るのだろうか?
元々他国に比べて静かな都だが、ヒトがいなくなるとやはり寂しくなるものだ。
このまま雪に埋まり、誰の目にも触れない失われた都になってしまう姿を幻視しながら【旧都】の門を閉ざす。
明日にも隊長が攻めてきて、この都を奪うのだろう。
そしてこの都を拠点に【帝都】に襲い掛かってくる。
この内乱のケチのつき始めは【古都】占領失敗だ。
ならば逆に【帝都】防衛を成功させて、戦いをイーヴンに持ち込めれば、まだこちらにも十分に目がある。
言ってみれば【旧都】は隊長への御土産だ。
自分の思いは伝わるだろうか?正面決戦を受けてくれるであろうか?自分は先に決戦準備をして待ってます。




