353.破壊の力
チーリィ川沿いをひたすら東へと進む。
結局宰相の案に乗り攻め込む手筈となったが、果たして三方不敗の何処が【古都】へのルートを切り開くのか?
はたまた隊長はどこを重点的に守るのか?
自分には全く予想がつかない。
多分自分の能力は目の前の兵を動かすには十分なのだろうが、見えない戦場全体に絵図面を書くような事は苦手なのだろう。
ヒトをどう動かせば経済が動くのか、何をされるのが相手にとって最も嫌な事なのか。
もしかしたら、自分は色んなヒトに助けてもらっている割に、他人に興味がないのかもしれない。
「本当に自分の隊を動かさなくて良かったんですか?」
「勿論だとも全て順調だし、何をそんなに憂れいているのだね?」
何かちょっとテンションが高い宰相だが、その宰相の手勢は何気に烏合の衆。
いや、烏合の衆と言うのは申し訳ない。
宰相の言う通り、行程は遅れていないし、雪深い道にも関わらず皆健脚そのものだ。
じゃあ何が不安かって言うと、大半の【兵士】が食糧不足で流れてきた東の国民達だからだ。
つまりほぼ農民か肉体労働者達ゆえに、体だけは健康そのもの!体が資本!みたいなヒトの集まりを手勢と呼んでいる。
流石に率いる指揮官達は宰相肝いりの幹部達ではあるのだが、羊の群れをどう動かすつもりなのだろうか?
しかも皆遠出を楽しむかのように、所々でコソコソとお喋りも聞こえてくる。
これから血で血を洗う戦いが始まるという事を理解しているのだろうか?
「うむ、予定通りの行程だ。【兵士】達も選りすぐりだけあって、雪道を物ともしない。このままいけば、カトラビ街の制圧は問題無さそうだな」
行程だけなら確かにそうだが、選りすぐりって言っても険しい道を行く能力だけじゃ?
まあでも、一応攻め手も策があるらしいし……。
「あの地は守りやすい土地ですし、相手も油断している可能性はありますが、それでもそんなに上手く行くものですか?」
「そうだな。しかし白竜様のような超越的な存在ともなると地形を変えることも可能なのだ」
「そうですか。確かにあの地は周囲の崖が攻めづらくしているだけですから、地形が変わるのなら……って!それが秘策ですか!」
「ふふふ、気がついたかソタロー。あの地は地形的に強固ではあるが、多くの兵員を置けるほどの余裕のある街じゃない。つまり壁の一角が崩れれば、それだけであっさり落とせるだろう」
「逆に敵が攻めてきた時は?」
「互角の戦いになるだろうな。ただ西側が開いている状態になるという事は、比較的こちらが有利じゃないか?敵は東から一旦西に回り込んで攻めなければならない。こちらは援軍を西側から大急ぎで出せば……」
「挟み撃ちにして守れるという訳ですか。そう上手く行くかは分りませんが、確かに奪い合いが平等になれば、戦力が多いこちら有利ともいえますね」
「そういう事だ。そして我らはそのまま【古都】北側から攻め込むのだから、敵は勝手に詰むだろう」
「確かに他二箇所にも防衛人員を割いていれば、あるいは……」
何故か一部【兵士】達が盛り上がって話をしているのだが、何かあったのだろうか?
やたらと地味な【兵士】が、他の【兵士】に食料を分けていて、皆ひもじい中で協力して成り立っているのだろうな。とほっこりしている内に、カトラビ街を囲む山が随分と大きくなった。
「ソタロー!そろそろ一旦行軍を止めて【兵士】達を道端に寄せてくれ」
「やりますか。ところで白竜様は?」
「安心しろ、ちゃんと連れてきている」
一体何所に連れているのかと思ったら、行軍と一緒に引いてる荷物の中で気持ち良さそうに昼寝していた。ちなみに今はヒト型だ。まあ巨大な竜の姿のままなら流石に自分も気がついたか。
「皆さん一旦止まってください。休憩ではありませんが、ここからカトラビ攻めが始まります。心して森側に2列縦隊で並んでください」
指揮官達にの指示で【兵士】達を道端に寄せている間、
「白竜様!例の山です。こちら側の一角を削り飛ばしていただきたいのです」
「う……あと5分」
「はっ!あと5分待たせていただきます!」
相変わらずよく寝る竜だ。
そしてきっかり5分で起き出した白竜は、ずっと見ていた筈なのに変化する一瞬を見逃し、気がついた時にはずっとそこに居たかのような雰囲気で川の上見上げるような高さに浮いていた。
羽ばたきもせずに浮く竜は神々しく、それでいて余りにもその場に居る事がしっくりと自然そのものだ。
真っ白な世界に真っ白な竜が浮き、その姿を自分を含む小さなヒトがポカンと見上げる。
無造作に開く白竜の口に何所からともなくエネルギーが集まっていく。
一体何由来のエネルギーなのかさっぱり理解できないが、その圧縮されたエネルギーの強大さだけは伝わってくる。
それでいてその過剰なほどの破壊の力は、不思議と恐怖感を抱かせない。
白竜が大きく仰け反り、放たれる瞬間を妙に高揚した気分で見ていると、まるでスローモーションになったように感じた。
そしてそのエネルギーは放たれる事はなく、代わりに暴力的な光が白竜の顎にぶつかり、強大な存在である筈の白竜が川向こうまで飛ばされる。
「白竜は自分を怒らせた。復讐したければ追って来い!」
声が聞こえて振り返れば、黒い人物が叫んでいた。
一体何所に隠れていたのだろうか?隊長だ。
幾らなんでも世界を守る一柱をぶっ飛ばすなんて……。
そのまま森の中に消えていく隊長を追うべきか、それともカトラビ街攻めを進めるべきか、話が割れ始めたので、自分がまとめる。
「今から追っても追いつける相手じゃない。退こう!白竜様を連れ帰る事が優先だ」
正直な所【兵士】達は戦える状態じゃないし、まさか隊長一人にやられるとは思っていなかったが、宰相の策が敗れたのだから、他のルートに掛けるしかない。




