349.雪崩
【座学】で習う【古都】の歴史には、小国家群時代に最後の最後まで抵抗する最もヒトの血を吸った雪が未だに足元を固めているという言い伝えがある。
【帝国】が【帝国】になる前の話、初代皇帝や宰相が他の地で仲間にした者達をどれだけ連れてきても跳ね返す難攻不落の地、いっそ【帝国】の版図にするのを諦めようかとすら検討されたらしい。
まずは南側大河沿いは、微妙な傾斜になっており、打ち下ろしで矢が降り注ぎ最も被害が多かったと言う。
じゃあ、西や東からとなるのだが、西の森には魔物が出る上、普段狩場や伐採場としている土地勘のある者達によるゲリラ戦が厄介で、やっぱり消耗を強いられたとか。
東は山に向う傾斜なので、そこを取れれば【古都】を上から攻められると思った者達がいたらしいが、山の怒りに触れ生き埋めにされた。
山の怒りって何?と思ったが、まあ精霊とか霊鹿とかいるし多分そういうアレだろう。
今も住んでるかは知らないけど、霊鹿は少なくとも【古都】裏から続く山間部に住んでいるので、怒らせたらまずい。
100人で倒す百足を踏み潰すくらいは簡単にやる霊鹿を怒らせて、戦う?
そんな事を考えるのは、白竜を殴るとか言う変な人一人で十分だろう。
そして、多くの犠牲を払いながらも時間を掛けて北周りに【古都】を落としたっていうのが、歴史だ。
歴史に従う事が必ずしも正しい訳じゃないのは分っているが、何故か【古都】東側を登ると山の怒りに触れるんだから仕方ない。
カトラビ街からチーリィ川を遡上するように東へ進み、渓谷方面と山方面の分岐を山方面へと進路をとる。
この先には北砦があり【古都】攻めの最重要地点となるだろう。
北砦こそ犠牲を払ってでも力攻めで落とさねばならない地点だ。
ここさえ取れれば【古都】を眼下におさめ、雪崩のように軍を進行させる事が可能。
一点問題があるとしたら、崖にかかる大橋を落とされる事だが、そこも北砦と同時に制圧する。
何ならそっちは自分が行ってもいい。
大橋に常駐する【兵士】は少ない。何なら何食わぬ顔で自分が単独向かい、全員打ち倒しても問題ない。
そんな風に北砦を落として【古都】になだれ込む未来を想像していると、どこからともなく、
ドン!
と、妙に足元から振動を感じ、心臓が跳ね上がるような音が聞こえた。
ただでさえ雪深い足元が振動するってのはどういう事だ?と思った寸後、
「全員退避!渓谷に向かって下さい!少しでも早く走って渓谷の街に近づいてください!一歩でも多く!」
反射で叫び、自分自身も全力で走る。
鋼鎧術 空流鎧
走りながら術を発動し、途中現れた雪鳥蜥蜴も跳ね飛ばして、ひた走る。
転げ落ちるようにチーリィ川に辿り着き、そのまま東へ進路をとり渓谷の街に向っていると、徐々に当って欲しくない想像通りの音が、
ゴゴゴゴゴゴ……
迫ってくる脅威に全身粟立ち、今自分が恐怖していると言う事を自覚させてくる。
そして、急に影がかかったと思ったら、頭上に白い屋根が出来た。
頭上はるか上を勢いつけて雪が飛び、チーリィ川を越えて、向こう側に降り積もる。
自分が足を止めると【兵士】達も同様に足を止めて、雪崩の残滓の白い粉の中、立ち竦む。
「まさか雪崩が起きるなんて、自分が雪崩のように北砦から【古都】に攻め込む事を考えていたから?」
「んな!急に何言い出した?どう考えても人為的なものだろ?」
自分の独り言に雪原の豹、レオパールがつっこんで来た。
「やっぱりあのドン!って音は……」
「ああ、だろうな。何を目的としたものか知らないが、雪崩を引き起こす為に誰かがやったんだろう」
「取り敢えず被害状況を確認しましょう」
それだけ言って、逃げていった隊の者達を集める。
皆雪国出身ではあるが、雪崩が起きるような山は【古都】周辺ばかりだ。
カトラビ街にも山はあるが、雪崩を起こすようなタイプの山じゃないらしい。
皆が皆心臓が止まるような経験に中々冷静さを取り戻せないまま、なんとか生存確認すると、ほぼ無傷だった。
心以外は。
兎にも角にも、北砦方面への道へ戻ろうとすると、皆完全に腰が引けている。
脳筋国家【帝国】の【兵士】と言えど、雪崩のような大規模自然災害は怖いらしい。
まあ今回は大規模人災だった可能性もあるが、そこはおいおい調査するとして、分岐につくと道が完全に埋っていた。
やっぱり、あの時逃げて正解だったんだとほっとする反面【古都】攻めに時間がかかってしまう事に、焦りが出てくる。
仕方ないので、一旦カトラビ街まで引き上げを命じ、来た道を引き返す。
何とも無駄な事だが、仕方ない。もし仮に自分達が裏から【古都】を攻めようとするのに気がついて雪崩を起こしたのだとしたら、やられたと言う気分だ。
その後数日カトラビ街に滞在し、どうやってあの雪で埋った道を進むのか、皆で検討している内に、更なる凶報が届く。




