344.賊は民
元の被害に合った村に戻ると、賊の村を教えてくれた【兵士】がまだ作業中だった。
「行ってみたけど、空振りでした。一応村人はいましたけど、賊には到底見えなかったし、他に心当たりはありませんか?」
「その残ってたヒトはどんな様子でしたか?」
「なんかやつれてフラフラしたまま薪割してて、見るからに心配になる様相でしたよ。あんなフラフラしたヒトに襲われても、被害の出ようもないくらい」
「じゃあ間違いないですよ。賊は近隣の村の者達で、空腹のあまり食料を盗んで逃げて行ったそうです」
「ん?じゃあ被害って言うのは?」
「食料庫ですね。飢饉に備えて備蓄していた保存食を盗まれたそうです」
「ま、まあ保存食とは言え、被害は被害ですから、厳しく対応した方がいいのかな?」
「どうでしょう?この村の村人達も状況が分かてて見てみぬ振りをしてたみたいですし……」
「えっと、じゃあ何で被害届が出てるの?」
「内乱の余波で起きた事件なので、保障を求める為に被害届を出したみたいです。自分も被害状況の調査に来ただけですし、怪我人もいません」
「あっそう……。でもなんで内乱の余波って分るの?村で聞いたら、豊作だったから全部食べ物売っちゃったって聞いたんだけど?」
「え?将軍は知らないんですか?」
「何を?」
「自分も噂で聞いてるだけですから、事実かどうかは分りません」
「噂ですね?分りました。そのつもりで聞きます」
「何でもこの食料難は、商人の不可思議な動きに端を発してます。通常農産物が豊作の場合、商人は安く買い叩きます。だから、農民達は軍や公的機関に売る事で値段の安定化をはかります。ところが今回は商人が寧ろいつもより高く農産物を買い取ったそうです。それも大々的に、尚且つ複数の商人達が……」
「しかも根こそぎ?」
「はい、とにかく沢山売って欲しい、高く買うから……。この言葉にのって農産物を売りさばいた農家の者達が多かったそうです。一部では昔から地元の知恵袋と言われるような高齢の方の助言に従って、食べる分だけは残した地域もあったそうですが、まあごく一部です」
「結果、食べるに困って賊になると?」
「ていう噂です。いくらなんでも乗せられすぎと思いますが、口の上手い商人に大金をちらつかされては、判断を誤ることもあるのかな?と」
「それで、それがどう内乱と関係があるんですか?」
「……それは明らかに商人に利がないことをしてるようにしか見えない事、仮に値段を釣り上げるにしても全ての商人が一斉に口裏を合わせるなんて難しいですし……」
「つまり、裏で音頭を取った者がいると?」
「それがその……宰相じゃないかと言う噂になってます」
「そう?でも実際にあなたはそうやって調査に出されて、被害状況を確認している」
「はい、つまり自覚があってやってる事なのかな?と……」
聞いてない。聞いてないなそれは……。
自分は占領した地域が賊の被害にあったから、単純にその賊を成敗しようと単純な考えで急いでここまで来たのだが、焚きつけたのは宰相?
確かに自分は戦う事しか能がないし、ゲームを始めて以来戦ってばかりの脳筋だ。
権謀術数とでも言うのか、政治や戦場外の駆け引きは全くと言っていいほど分らない。
仮にこの【兵士】の噂が事実だとしても、別に責めたてる気はない。
多分内乱を有利に進めるために必要なことなのだろう。そうでなくとも意味があっての事だろう。
宰相に腹黒い所があるのは何となく分る。
だからと言って、今まで自分に不利益を与えるような事はしてこなかった。
コレは一度相談の必要がある。
占領した町村に被害が出てる事、宰相の悪い噂が流れている事、今後の占領において食料配布と言う手段を使ってもいいのかという事、国民を餓えさせる必要が本当にあったのか?という事。
ローシャと共に【旧都】に戻る途中、自分直属の中隊と出会ったが、いつものチャーニン、スルージャの会話に心弾むこともなく、宰相に聞かねばならない事が頭をグルグルと巡る。
【旧都】に到着して、まずは老【将官】に会って単独で【帝都】に戻ることを伝える。
はじめは止める気配を出しながら、食料難について聞きたい事があるといった瞬間、話があっという間にまとまったのは、老【将官】も思う所があるのだろう。
占領した周辺地域の治安維持に関して、ざっくり自分の意見を言えば、あとは優秀な同僚や部下達がなんとでもやってくれる。
元皇帝派と接触し、戦闘になる事も増えるだろうが、そこは慎重な対応に徹してもらう。
もし、フラストレーションが溜まったのなら、自分が戻り次第激しく徹底的にやり返すと約束し、出掛ける。
いずれ、白竜を皇帝に据えて、実質的な政治の実権は宰相が握るものだと思ったのに、何故こんな評判が悪くなる様な事をするのか?
これが、誤解か勝手な悪い噂であることを願いつつ【帝都】に向う。
雪深い大河沿いの道にもかかわらず、つい足が速くなる。




