317.国務尚書宅で
外に出ると昼だった。
相変わらず厚い雲で覆われたグレーの世界にも関らず、妙に明るく感じるのは、ずっと暗い回廊を歩いていたからだろう。
降り積もる雪をボンヤリと眺める白竜はいったい何を考えているのだろうか?
「ヒトの匂いが増えたな」
「昔よりは暮らしやすくなったって事なんでしょうかね?取り合えず国務尚書の家に行きましょうか。自分の判断で出来る事はないですし」
「うむ」
とはいえ、以前行ったのは【帝都】の方の家なので、ここ【旧都】の国務尚書邸は知らない。
まあ、そこいらで【巡回】してる【兵士】にでも聞けば大丈夫だろう。
何だかんだ一応自分もそれなりの身分だし、案内を頼むくらいは怒られるものじゃない筈。
白竜と自分が街中を歩いても誰も気に留めない。
ちょと古風な軍服の白竜と真っ白いロボット風鎧の自分、どちらかと言うと自分の方が異様だな。
丁度二人組みでこちらに向って歩いている【兵士】がいたので、自分の身分を明かして国務尚書邸に案内を頼む。
妙に硬い雰囲気だったが、もしかしたらこの二人組みはまだ【兵士】になって日が浅いのかな?
案内されて辿り着いたのは、国務尚書邸と言うにはちょっとこじんまりとした一軒屋だった。
「懐かしいな」
「以前にも来た事があるんですか?」
「うむ、建物は変わっているが確かこの場所だった。そして建物の大きさも変わらぬ。二人のうち一人、この地を治めていた者の家だ」
「へ~もう一人はどこに住んでいたんですか?」
「もう一人は旅の者だったので、この家に居候していたな」
初代皇帝と宰相ってこんな小さい家に同居してたのか。まあ小さいとは言え現実の住居環境とは大いに違うので客室くらいは普通にあるだろう。
しかもその普通の一軒家に白竜が普通に訪ねて来てたって言うのが、もう何か超越した存在の大らかさが……何にも気にしなさすぎじゃないか?
案内してくれた【兵士】達が【巡回】に戻ったので、自分は取り合えず扉をノックする。
すると普通の女性が中から出てきた。
「あら、いらっしゃい。その全身鎧はソタローかしら?後ろは誰かしら?まあいいわ中に入りなさいな」
え?無用心すぎない?いやゲームだからいきなりヒトの家に入っても大丈夫だったりするのだが、一応身分あるヒトの家だよな?
そもそもこの女性は使用人とかそういうのじゃないのか?勝手に招いてしまっていいのだろうか?
そんな事を考えている内に、白竜はさっさと中に入ってしまった。
石造りの床の玄関で、靴を脱ぎスリッパを借りてお邪魔するのだが、
白竜の服はどうなっているのか、靴も残さず裸足になってやはりスリッパを履いている。
そのまま外から見たとおりのイメージどおりの廊下を抜けてリビングルームと思われる部屋に通された。
暖炉で温かく保たれた部屋で子供が一人床で遊び、ダイニングテーブルで新聞を読む国務尚書?
「ソタロー……もう攻略したのか?」
「はい、こちらが白竜様です」
「うむ、あの者の子孫か。匂いがよく似ているな」
「は、は、白竜様!!!!失礼しました!お迎えにも上がらずに!」
「丁度家にいてくれて助かりました。どこに連れて行ったらいいか分らなかったので」
「ふむ間取りも変わらないのだな」
そう言いながら、あっさりとダイニングテーブルに掛ける白竜は、きっと大昔もこうやって普通に他人の家で過ごしたのだろうか?
「いや、ソタロー!何で家に……そうか【旧都】での任務は余りやった事がなかったから【兵士】に聞いてきたのか。いやしかし普通は【兵舎】とか役所とかに……いや、でも今回は何も言うまい。何しろ秘密裏に霊廟に送り込んだのは私なのだから、私のところに連れてくるのが当たり前だ。しかし家にって……」
何やら国務尚書が混乱しているが、その間にさっきの女性が温かいお茶を白竜と自分に出してくれる。
「すみません頂きます」
そう言いつつ、取り合えず冑や腕防具なんかを鞄にしまう。
いくらなんでもこの場で初心者服に着替えるわけにもいかないので、自分はテーブル横に立ったままお茶を頂く。
「懐かしいな。あの日もこうやって湯を飲みながら、どうすればこの地のヒトの子が生き易く強くなれるか話を聞いたものだ。なんでもまたこの地のヒトの子は困窮するとか?」
「は!その通りです。それ故、白竜様に皇帝位に就いて頂き、現体制の改革を断行したいと考えております。遠い昔の約束通り我らの皇帝になっていただけますか?」
「構わぬが、約束の剣は戦の後となるぞ」
「皇帝の剣ですか?それは白竜様がお持ちになるのでは?」
「いや、これはヒトを治める者の象徴となるものだ。本来ならそなたに渡すのだろうが、我はこちらのソタローの願いを聞いた」
「ソタローは何を願ったのだ?」
「……戦う相手が欲しいと願いました」
「ソタローが心いくまで争った後、勝者にこの剣は預けたいと思う。それでいいか?」
「は!確かに遠い昔の約束でも【帝国】統一の後に授けるという話だった筈です。現体制を打ち倒した後に授かるのが、正道であるかと」
「ソタローはそれで満足するか?」
「……分りません」
「ソタロー……皇帝派最大の障壁は誰だと思う?何度も言うが隊長だ。その手で倒せばいい。最も倒したい相手だろう?」
そうなのか?確かにこのゲームを始めたきっかけで、追ってきた人物だが、その隊長を倒せば自分は満足するのか?
その日は疲れ切っていたので、国務尚書宅で部屋を借りてログアウトした。




