312.黄昏
妙に長い階段。
結局その後敵が出る事もなく、ひたすら中央の深淵に流れ込む滝を見ながら、壁沿いをグルグル巡るように、下へ下へと降りていく。
それはまるで、白竜の迷いのよう。自分と会うかどうか迷っているのではないか?
だから、ひたすら道を引き伸ばし、最後の鍵を開ける事を先延ばしにしているのではないか?
この空間は白竜の夢の狭間、それくらいの事はおきてもおかしくないと思うのは自分だけだろうか?
階段が唐突に終わり、深淵のど真ん中に大きな扉が浮いている。
祭壇に〔竜の頭骨片〕を差し込むと、あっさり扉に続く道が出来た。
そのまま勝手に開かれる宙に浮く扉の内へと進む。
そこは城か砦の屋上?石造りの建物は薄く積もる雪に夕焼けが反射して、妙に赤い。
屋上の隅には一人の透けていない男性?
雪と同じ白い髪は、やはり夕焼けに赤く染まっている。
『この地のヒトの争いが終わった暁には、統治者として認める。それだけでいいのだな?』
「???」
『ふむ、ヒトがヒトを治めるには権威と言うものが必要になるとな。神より選ばれた証拠か……。なれば証拠となる物として、遠い昔邪神の手の者を打ち倒し神より賜った剣を授けるとしよう』
なんだろう、自分が見えてるわけじゃなさそうなのに、勝手に会話が進むんだけど?
『陽が沈む。神より力と意思を受け取った数少なく力の強いモノの時代が終わり、己の意志で生きる数多く力の弱い者の時代が始まらんことを……。我は後見人となって静かに眠れる世が来る事を願う』
白髪の男性の姿がそのまま薄らいで、消えていく。
「これが、白竜様とヒトとの約束だ。外は争いに決着がついたのか?」
背後にはいつの間にか半透明のヒトが一人立っているのだが、何となく東洋っぽい顔立ち?
「多分この記憶の時の争いには決着がついて【帝国】として、統一されましたよ。ただ……」
「ヒトは結局争い続けるか」
「はい、白竜が復活したら現皇帝を排斥する事になります。そうなると多分争いになるのか、または白竜の元素直に受け入れるのか、自分には分りません」
「その争いが、何を求めてはじまるのか、お前は知っているのか?」
「今のままでは【帝国】が結局貧困に喘ぐ事になるから、現体制を変えないといけないみたいです」
「そうなのか、ヒトは弱い。弱いが故に一つにならねばならんと言うのに、弱いが故に争う。相変わらず弱いままなのか……」
「ところで、今までずっと聞きたかったんですけど、半透明の方々は白竜の記憶にあるヒトを象っただけと聞いた割りに、それぞれ違う意思があるというか、別人格のようですけど、何者なんですか?」
「余りにも隔絶した存在であるヒトと竜では意思も感覚も大きくかけ離れている。それ故に白竜様の記憶にあるヒトを擬似的に生み出し、ヒトであるそなたの相手をしているのだ。例えばヒトである我らはお互いが受け取るものは限られている。しかし白竜様ほどの存在になれば一目合えば、ヒトの記憶の如きは丸ごと受け取り、このように擬似的な存在とすることすら可能なのだよ」
「つまり、白竜は話の通じないほど強大で絶対的な存在?」
「そんな事はない。竜とは大らかな存在だ。だが裏を返せば、いきなり試練を受けよと息吹を放つことに微塵も悪気がない。そんな存在だ」
「それは、大らかと言うか、雑と言うか」
「先程も言ったろう。我等とは受け取るものが違うのだ。余計な対話などせずともいいが、我等に合わせてくれるのだ。それでも隔絶した存在と分り合うというのは難しい。いっそ一度殴り合えば気持ちも通じ合うのだろうが」
「それは無理だと思うので、やめておきます。ところで、あなたは誰を象ったヒトなんですかね?もし記憶があるならですけど、何か顔の造形が一人だけちょっと違うので気になったんですが」
「私はこの雪の地を一つに纏める事を白竜様に願い出たただの放浪者だ」
「放浪者が、なんでわざわざそんな面倒な事を?」
「ただの記憶にわざわざそんな事を聞く事も大概面倒な気もするがいいだろう。簡潔に言うと、私は遠く東方、大霊峰と呼ばれる地より更に東から国を追われてきた。産まれた東の地も小さないくつもの国に分裂していてな。国を一つにまとめてヒトとヒトが手を取り合える様にするのが悲願だったのだよ」
「だからって、なんでまたこの雪の地をまとめようと?」
「西の地を幾つも巡ったが、最も貧困に喘いでいた場所がこの地だったからだ。勿論どの地にも弱き者はいて助けを求めていた。東より持ち込んだ陣術を駆使して救える命は救ってきたが、悲願を叶えるにはこの地しかなかったのだ」
「まさか<八陣術>の開祖?」
「よく知っているな。まさか今も伝わっているとは……それならば……いつか私の本当の悲願……東の地を一つにまとめる者も、現れるかもしれんな……」
言いながら姿が消えてしまう半透明のヒト。
もう少し、色々聞いてみたかったが仕方ない。問題はこの屋上をどっちに進めばいいのかという事なんだけども?
陽が沈み、ゆっくりと紫から濃紺に変わり、夜闇へと移行する。
妙に明るい月に照らされる広い屋上、星の隙間からどす黒く粘度の高い液体が降り注ぐ。




