263.【闘都】の闇
指定された場所は何となく記憶にあったのだが、現地に着いてみると案の定だった。
そこは以前ミノタウロスの族長と戦う前に寄った食事処、店主がお客さんを見て勝手にメニューを決める不思議な店だが、自分が店の入り口に突っ立っているとウエイターさんらしき筋骨粒々な人に話しかけられる。
「以前当店にお越しいただいてますよね?何をお出しするかは店主が勝手に決めますので、了承いただけるのならどちらでもお好きな席にお掛けください」
「筋肉定食プロテインマシマシ、ステロイドフリーでお願いします」
「ほう……カーボンは?」
「555グラム」
「では奥の青い扉の個室へどうぞ」
目立たない店の角奥に青い扉の個室があったので、そちらに向い、中に入ると別にこれと言って珍しいものの無い簡素なテーブル席となっていた。
取り合えず椅子に掛けて待っていると、壁の一部がひっくり返り中からブラックフェニックスが現れ、
「よう、久しぶりだな。色々聞きたい事もあるだろうが、一旦こっちの通路に来てくれ、あまりこの部屋を使いっぱなしだと店に迷惑がかかる」
と言うので、ブラックフェニックスについて暗いく狭い通路を進む。
「なんなんですか?このギミックと言うか、なんと言うか」
「この都には方々から色んな金持ちが集まってくるってのは知ってたか?」
「いえ、スポンサーとか言われるお金持ちがいる事位は知ってますが……」
「そのスポンサーってのが、色んな土地の金持ちさ。金持ち喧嘩せずとは言えども色んな所で利益や権利ってのはぶつかるもんさ。その代理戦争が興行の顔して行われてるのがこの都って訳だ。見た目程綺麗事ばかりじゃないのさ」
「代理戦争って、闘技がって事ですか?」
「そう言ったつもりだが?本当に戦争するにはこの世界は敵性勢力である邪神側の力が強いし、油断は出来ない。それ故に最低限の平和的戦争で解決するってわけさ。そしてこういう店はそういう金持ち御用達って訳だ」
「ガイヤさんもスポンサーがついてたと思いましたけど?」
「通称レディ、本名は知らん。【王国】海運業の裏の顔だな。実は本人が闘技に出た方がいいんじゃないかって言う手練だが、興味でもあるのか?」
「いえ、別に……【闘士】達はそれを知っているんですか?」
「知ってるかもしれないし、知らないかもしれない。知っていたとしてもあくまで商売上の利益の為に雇い主に損をさせないように頑張るんじゃないか?」
「他人事のようですけど、こんな怪しい場所を利用してる時点で貴方も同じ穴の狢じゃないですか?」
「どうだろうな?俺も依頼主のいる身だし、なんとも言えんな。俺の依頼主も大概怪しい。何だ?この依頼断るのなら今の内だぜ?色々知ってからじゃお互い不都合だろ」
「自分は貴方が敵の四天王に苦戦してるって聞きましたがね?」
「ふん……その通りだ。下っ端連中は大方片付けて、奴等も尻に火がついたと見える。なりふり構わずこちらを潰しに来るんでな」
「話に聞いた所では【教国】に属しているらしいじゃないですか?そちらの力を借りたり出来ないんですか?」
「内部に敵の洗脳を受けてる者が出てきて、誰を信用しろって言うんだ?強いて言うなら隊長か?【教国】の悪い連中に指名手配をかけられた張本人だしな」
言い終わる頃に、どこかの地下室に辿り着く。天井がやや低めで圧迫感を感じない事はないが、別に動くだけなら不便を感じるほどじゃない。
そこには一人のやたら気配の静かな男がソファーに座って待っていた。
「呼び出してすまないな。そちら側に掛けてくれ」
言われるままに男の向かい側に掛けると、すぐさま話が始まる。
「こいつがさっき言った俺の依頼人、多分良い人種ではないが、邪神教団及び邪神の化身には確実に敵対してる男さ。名前の呼び方に困るなら『蠍』と呼べばいい」
「いい人種じゃないってのは余計だが、おおよそコイツの言う通りだ。面倒な邪神教団を潰すのに力を貸してほしい」
「何故自分なんですか?」
「君の上司から聞いたと思うが、邪神教団の事を知っていて尚且つ信用できる者が君しかいなかった」
「くっくっく」
「何がおかしいんです?」
「いや、うちの依頼人は大抵『お前』って呼ぶのに君とか言うからさ」
「ふん、隊長だって初対面の時は隊長殿と呼んださ。それで?なんと呼んでも構わないが、協力してくれるか?」
「相手次第ですね。因縁のある相手ならやりますよ?」
「四天王フロリベスか……今回の相手ではあるが、君の相手はまた別にいる」
「理由を聞いても?」
「下っ端がやられたんで、四天王同士がつるんでるんだ。それで流石に俺も一人で対処しきれず、こうして依頼人に泣きついたら、依頼人は依頼人でそっちに泣きついたって訳さ」
「じゃあ、自分の相手は誰になるんですか?」
「ああ、四天王ベガってな。やたらとしぶといだけが取り得なんだが……」
「小技のない力押しだけの単純な相手だが、体に刻み込まれた記憶で耐性を得ちまう。それでコイツの切り札を封じられちまってな……」
「それで未だ手の内の知られてない自分が選ばれたという訳ですか」
「ああ、敵は脳筋だが、油断はできない相手だ」
「へ~……脳筋ですか……」
膝の上に乗せていた拳に力が入り、妙な武者震いに、不思議と顔がほころぶ。




