その8 クラスメイトのギャルがチャラ男に絡まれています
そして、時は過ぎ去り――放課後。
ホームルームが終了し、教室の中の生徒達は、帰り支度や部活へ行く準備等、思い思いの行動を始める。
帰り支度を終え、席を立ったところで、僕はさてどうしようと動きを止める。
『じゃ、適当にファミレスとかでダベりますか』
昼休みに交わした、新菜との約束を思い出す。
その肝心の新菜は、まだ自分の席で友達と話をしている様子だ。
席が近くて仲の良い、いつも一緒にいることの多い友達二人だ。
一方は、金髪に浅黒い肌のザ・黒ギャルという感じの子で、もう一方は黒髪ロングで少し垂れ目の大人しそうな感じの子。
「この前、通販で買った化粧品がさー」
「えー、マジー」
………。
まだ、しばらく終わりそうになさそうな会話で盛り上がっている。
ポッキーとか開けて食べてるし。
どうしよう……。
(……流石に、教室内で話し掛けるのはアレかな……)
基本的に目立つのは嫌いだ。
特に僕なんかが目立つっていうのは、悪目立ちのことを言う。
変な視線とか集めるのは嫌だし、新菜も嫌だろうし。
(……教室の外で、出てくるのを待ってようかな)
そう思い、教室から出ようとした――そこで。
「あー、今日は一日ダルかったー」
と、新菜達のいる席の方から、軽い口調が聞こえた。
見ると、二人の男子生徒が新菜達のグループに近寄っている。
あれは……。
比較的、新菜達とよくつるんでいるところを見る、陽キャの男子達だ。
「うっす」
「よっす。いや、『今日は』って、あんたいつもダルがってんじゃん」
新菜の友達1――金髪に浅黒い肌のザ・黒ギャルな方の女子が、すかさずつっこむ。
「うるっせーな、実際そうなんだよ。なぁ、この後どっかいかねぇ?」
……うおー、凄い自然に女子に話しかけて、凄い自然に女子を遊びに誘ってる。
……やっぱり、ああいうのって一種の才能だよな。
僕なんかとは、全然違う。
……って、え? この後?
僕は動きを止めて、新菜の方を見る。
(……新菜が、誘われてる)
「なぁ、新菜も。この後空いてるっしょ?」
二人の男子生徒の一方――チャラ男Aが、新菜に声を掛けている。
対して、新菜は……。
「……んー」
と、手にしたポッキーをゆらゆらと揺らしながら(グニャグニャに揺れて見えるやつ)、生返事を返していた。
どう……なんだろう? どういう気持ちなんだ?
微笑を浮かべた顔や、その声音からは、真意が見えない。
……僕との約束は、忘れてるのか? 覚えてるのか?
なんだか、やけに心臓がどきどきする。
その間にも、チャラ男Aはグイグイ新菜に迫っていく。
「なぁ、マジでマジで。あれだったら二人きりでもいいぜ?」
「いやいや、あんたさぁ、新菜狙いなのマル出しじゃん」
「うそうそ! みんなでさ!」
黒ギャルが言うと、チャラ男Aは慌てて取り繕う。
「つーか、新菜、全然連絡先とか教えてくれねーしさぁ。まだダメ?」
「んー……ダメ」
「ガード固ぇ」
「ごめん、昔いろいろあってさ」
新菜……なんだか、チャラ男×2の誘いを、のらりくらりと躱している感じに見えるな。
けど、相手も全然引き下がらない。
「なぁ、いいじゃん? とりあえず一回だけ。他のクラスの奴も呼ぶしさ。俺盛り上げっから」
「あ、センパイも来るって。ほら、知ってる? 三年の先輩、チョーこえーけど実際話すとイイ人だぜ?」
「ちょっとちょっと、なんか話勝手に進めてるけどさ、まだあたし等行くとか言ってないんだけど」
黒ギャルの言葉を聞いているのかいないのか、男子達はどんどん話を先へと進めていく。
(……新菜)
今、新菜の表情は、ちょうど僕に背中を向けた姿勢になってしまっているため、見えない。
……彼女は今、どんな表情をしているんだろう。
(………)
わからない……けど。
でも多分、僕なんかとの約束なんて、優先するはずがない。
だって、明らかに彼等と一緒にる方がなんというか……合ってる、自然な感じがするし。
と言うか、何を舞い上がってたんだ僕は。
これが、普通……。
「………」
「あ?」
気付いたら、僕は新菜達五人の前まで近付いていた。
目前に、さっきまで遠目に見ていたチャラ男Aがいる。
(……ん?)
ん?
…………えええええええええええ!
いやいやいやいやいやいや、何やってんだ、僕!
うわ! 教室中静まり返ってる! みんなこっち見てる!
「何? なんか用?」
と、目の前のチャラ男Aが聞いてくる。
「あ、いや」
うわ……思わず発した声が、少し慌てていてビビってるみたいで格好悪い。
それに対し、周囲で見ている女子の方から「喋った」と笑声混じりの声が聞こえてきたし。
……萎縮する。
「いや、何か話でもあんの?」
待ってくれ、待ってくれ。
更にチャラ男Aに迫られ、縮こまりそうになる。
……そこで、僕の視界に、驚いたように目を丸めている新菜の顔が映った。
「………」
昼休みの……。
それよりも前の、昨日や一昨日の、彼女との記憶を想起する。
かっと、頭に血が上ったのがわかった。
「に、新菜、行こう」
僕の口が自然に動き、気付くとそんな言葉を発していた。
彼女の名前を、下の名前を呼んでいた。
微弱にざわつく教室。
目前のチャラ男Aも、「は?」と呆けた顔をしている。
新菜は、更に驚いたように表情を固めていた。
(……あ、終わった)
何やってんだ僕。
こんなの、悪目立ち以外の何物でもない……。
その時だった。
「新菜?」
黒ギャルの声が聞こえた。
それまで停止していた新菜が、口元を持ち上げて、微笑んでいた。
どこか、嬉しそうに。
そして椅子から立ち上がり、鞄を持つと。
「ごめーん、先約なんだ」
そう男子達に言って、僕の横に寄ってきて。
「いこっ、ユッキー」
と、僕の手を取って歩き出した。
ポカンと、それを見送る他の生徒達を残し、僕達は教室を後にする。
「ありがと、ユッキー」
「え?」
廊下を歩く僕達。
前を行く新菜が、そう呟いたのが聞こえた。
………。
この高校に入学して、一ヵ月と少し。
友達もおらず、ただただ孤独な高校生活を送っていた僕の人生は、ちょっとずつ、彼女と出会って変わりつつあるのかもしれない。




