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その4 クラスのギャルに忘れ物を届けます


 ……その後、意識を取り戻した僕は、一人で家に帰った。

 決して大きくは無いけど、小さくも無い庭付き一戸建ての玄関を開け、階段を上り、自室に入る。

 入ると同時に、ベッドの上に身を投げ出し――。


「何だ、あいつぅぅぅぅぅうううううううううううううううううううううううぅぅぅうううううううううううううう!」


 転げ回った。

 それはそれはもうゴロンゴロン転げ回った。

 両足をバタバタさせて転げ回った。

 両腕をバシバシ布団に叩き付けて転げ回った。

 絶叫を上げて転げ回った。

 顔が真っ赤だ。

 頭の中で、新菜の台詞と表情がリフレインされる。


『一回一緒に遊んだだけで、普通そんな思い込みする?』

『単純って言うか』

『行けると思ったんだ? ここで押せば、簡単に落とせるって?』

『ユッキーって、ほんとチョロいよね~』


「ぐわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 駄目だ! 頭から血が引かない!

 顔が熱い!

 恥辱と怒りが脳内でどったんばったん大騒ぎだよ!


「っというか!」


 一つだけ!

 これだけは訂正しておかねば!


「僕は、断じてチョロくない!」


 だってそうだろ!?

 あんな勘違いさせるような言動をした新菜の方が悪いって!

 これだから最近の女子は、女子はぁぁぁ!


「……はぁ」


 ひとしきり暴れたところで、やっと昂りも治まって来た。

 ようやく落ち着く。

 そこで、ベッドの下に投げ出していた荷物を見て、気付いた。


「あ……漫画」


 僕がおススメし、彼女が買った漫画本……僕が、持って帰って来てしまっていた。

 ……そういえば、僕が預かってて、結局別れ際があんな感じだったから渡しそびれてたのだった。


「……どうしよう」


 ……あんな別れ方の後で、普通に話し掛けて渡すなんてできないよなぁ。


「はぁ……このまま返さないのもあれだし……下駄箱とか、机の中とかに入れておく? ……いや、勝手にそんな事したら気持ち悪がられるかも……」


 懊悩する僕の脳内に、遂さっきの彼女の言葉が不意に浮かんだ。


『感想言うね』


 ……いやいやいや。

 ……彼女も、もう別に僕と話したくないだろうし。


「……なんだか疲れたな」


 晩御飯まだだけど、もう寝ちゃおう。

 部屋の電気を消して、僕はそのままベッドの上で目を閉じた。

 …………。

 …………。

 …………。


『ユッキー、本当チョロ~』

「んぐぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 結局、それからしばらく頭の中が沸騰して、寝入る事ができなかった……。




 ※ ※ ※ ※ ※




 ――翌日。

 いつもと同じように、僕は普通に学校に登校し、いつも通りクラスの自席に着く。


「おはよー」


 しばらくすると、新菜も普通に登校してきた。

 彼女もまた、いつも通り教室の自分の席に向かい、既に先に来ていた友人達の輪に混ざる。


「あれ、新菜……今日髪型、違くない?」

「うん、ノリで巻いてみた」

「めっちゃかわいい!」

「エモー」


 そんな感じで、他愛の無い会話を女友達と交わしている。

 そんな彼女の様子を、僕はチラチラと横目で確認していた。

 ………。

 当然だけど、僕の方など一瞥もしない。

 そうこうしている内に始業の鐘がなり、今日も学校での一日が開始した。

 滞りなく、何の変哲も無く流れていく時間……。


「………」


 すると、二限目の授業が終わったところで、だった。

 新菜が、「ちょっとトイレ」と席を立った。

 僕も瞬時に席を立ち、何食わぬ顔で教室を出て――。


「……あの、さ。大久保さん」

「………」


 少し廊下を進んだところで、彼女に声を掛けた。




 ※ ※ ※ ※ ※




 僕達は場所を変え、使われていない教室の一つに入る。

 誰もいない教室内に二人きり……だ。


「………」


 ふと、昨日のゲーセンでプリクラを撮った時の事を思い出した。


「なに?」


 僕の前に立つ新菜が、そう端的に聞いてきた。

 表情は……真顔だ。

 感情が読めない……。


「あ、えーっと……」

「トイレ、行きたいんだけど」


 自身の髪をいじりながら、伏目がちに新菜が言う。

 ……時間を取らせても申し訳ないよな。

 それに、どうこう考えていても仕方が無い。

 彼女に声を掛けた理由は、一つだけなのだから。


「これ」


 僕は、右手に持っていた紙袋を渡す。


「……え?」


 それは、昨日新菜が忘れていった漫画本だ。

 彼女は、驚いた表情でそれを受け取った。


「………」

「えーっと……これはこれ、あれはあれだから。大久保さんが買ったものだし」

「………」

「あの、さ」


 僕は言う。


「昨日は、ありがとう。僕は、本当に楽しかったし、嬉しかったよ。大久保さんと色々と話ができて。それだけはちゃんと伝えておきたいから」

「………」

「……じゃあ、そういう事で。ごめん、もう話し掛けないよ」

「え?」


 居心地が悪くなり、僕は教室を出ようとする。

 当初の目的は達成された。

 もう、これで……と思っていたら。


「待って!」


 背後から、新菜に呼び止められた。


「ユッキー、どう?」


 と、新菜が髪を指先に巻き付けながら聞いてきた。


「え?」

「どう?」

「どう、って……」


 ……あれ?

 そこで、判然としていない僕に業を煮やし、新菜は手に持った紙袋から漫画本を取り出した。

 一巻の表紙を見せて来る。

 ……そうだ。

 今の新菜の髪型は、その表紙のヒロインと同じだ。

 そこで、僕の脳裏に昨日の記憶が想起される。


『もしかして、この娘みたいなのがタイプなの?』

「……似合ってる」

「あ、あざーっす」


 僕が言うと、新菜はどこか恥ずかしそうに視線を逸らす。


「……昨日は、ちょっと言い過ぎた。ごめんね」


 そして、呟くように言った。

 ――と同時に、休憩時間終了の鐘が鳴る。


「あ!」

「きょ、教室に戻らないと……」

「とりあえず、後で! また後でね!」


 ということで、僕達は大急ぎで教室に帰る形になった。


「もう、トイレ行きそびれたじゃん! ユッキーのせいで!」

「え、ご、ごめんなさい!」


 ……なんだろう。

 もう二度と関わる事は無いって、昨日のアレは一時の白昼夢みたいなものだったんだって、そう覚悟してたんだけど。

 なんだかわからないけど、ちょっと、良かったと安心している自分がいる。


「あはは、すぐ謝んじゃん! ユッキー、ほんとチョロ!」


 そう言って笑う彼女の表情を見ると、新菜も同じ気持ちなのかな、と思ったりして。

 ………。

 ……いやいや! そんな事を簡単に思っちゃうから、チョロいって言われるんだぞ、僕!



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