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その1 クラスメイトのギャルに見付かってしまいました


『好きの反対は無関心』――という言葉をよく聞く。

 曰く、嫌いという感情は好きという感情の一側面に過ぎない。

 どういう感情であれ、対象に興味を持っている時点でそれは好意の反対とは言い難い。

 つまり『何とも思わない』『何とも感じない』『興味無い』というのが好きの反対であり、相手があなたに意地の悪い言動をしてくるとしても、それは好きだからこその想いの裏返しである可能性もあるんだぜ☆……ということらしい。

 ……だが、仮にその説が正解だったとしても、それが幸福である事とイコールかというと、それは違うはずだ。

 意地悪な事をされたり言われたり、そんな事をされるくらいなら、無視される方が遥かにマシだろう。

 そう、僕――雪名雅之(ゆきな・まさゆき)は思っていた。

〝彼女〟と出会うまでは、ずっと。




 ※ ※ ※ ※ ※




 学校の休み時間というものが、僕は苦手だった。

 休み時間は、自然とグループに分かれて過ごすものだ。

 だが、特にこれと言って同クラス内に友人のいない僕にとっては、孤独な自分を衆目に披露しているだけの時間でしかない。

 今日も僕は、窓際最後尾の自分の席に座って、カバーを掛けた漫画本を読みながら、そんな時間を潰している。


(………)


 ちらりと、視線を上げる。

 数名の男子生徒と女子生徒達が、すぐ近くの席にたむろして騒いでいる。

 彼等はいわゆる陽キャラという者達だ。

 性格が明るく社交性があり、運動ができて交友関係の広い、正に学生カースト上位の存在。


(……正直、全然住む世界の違う存在だよなぁ……)


 と、素直に思う。

 なので、その姿を別の時空の光景――それこそテレビ画面の中の存在のように考え、僕は自分の世界――手の中の漫画に、意識を没入させる……。

 しかし、その時だった。


「違ぇよ、あの時アキラが原付で突っ込んできて!」


 陽キャラグループの男子生徒の一人が、そんな台詞を言いながら、大袈裟なアクションでバックステップをした。

 彼の体が、僕の机にぶつかる。

 衝撃で漫画を落としてしまった。

 心臓が凍る。

 ああ、最悪だ。


「お、悪い」


 ぶつかって来た男子生徒は、軽い調子でそう謝って来た。

 僕は顔を上げず、視線を合わせる事無くそれに答える。


「あ、いや、大丈夫」


 うわ……。

 まずい。

 存在を認識されてしまった。

 僕は慌てて、拾い上げた漫画に視線を落とす。

 耳に囁くような会話が聞こえてくる。

 それも意識して遮断。

 良い事を言われているのであれ悪い事を言われているのであれ、自分が参加できない集団の自分を話題にした雑談など聞きたくない。

 ………。

 ……気にしてはいけないけど、ちょっとは気になってしまう。

 ……少しだけ、視線を上げる。

 陽キャラ軍団の一人と、目が合った。


(……うわ……)


 女子生徒だ。

 ウェーブのかかった栗色の髪に、キラキラしたアクセサリで装飾された女子生徒。

 正直言ってしまうと、かなりかわいい。

 かわい過ぎて、有名人なほどだ。

 彼女は、大久保新菜(おおくぼ・にいな)


「………」


 僕は慌てて目線を逸らすが、まだジッと彼女がこちらに視線を向けてきているのがわかる。

 何だろう……僕なんか見てたって何も楽しくないはずなのに。


「ねぇ、新菜」

「……あ、うん」


 そこで、友人に話し掛けられ、流石に彼女も意識を僕から友達との会話に切り替えたようだ。

 ……ふぅ、助かった。

 そんな風にしている内に、授業開始の合図が鳴り、僕も読んでいた漫画本を鞄の中に仕舞う事にした。




 ※ ※ ※ ※ ※




「………ん?」


 僕は、机の上に突っ伏していた顔を上げた。

 教室の中には僕だけしかいない。

 ……いつのまにか寝てしまっていたようだ。

 黒板の上の時計を見ると、もう放課後である。


「……寝ちゃったのか……最後の授業で一気に眠気が襲って来たからな」


 僕は「うーん」と背筋を伸ばす。

 そして、自分以外に人の気配の全くしない教室の中を、寝ぼけ眼で見回す。


 ――正面の席に腰掛け、大久保新菜が僕を見ていた。


「……うわあああ!」

「クスクス、おはよー」


 新菜は、その顔に悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 椅子に逆向きに座って、背もたれの上に両腕を置き、その上に顎を乗せている姿勢だ。

 近い近い! かなり距離が近い! 目の前だ!


「さっき、目合ったよね」


 内心バクバクの僕に、彼女は小首を傾げながら問い掛けて来た。

 同年代でありながら、あか抜けた……別次元の存在のような美しい顔が、小悪魔のように微笑む。

 ……正直言うと、このタイプの子の笑った顔は苦手だ。

 なんだか見下されているような、からかわれているような、そんな感じがして……まぁ、被害妄想なんだけど。


「気になったんだよね」

「え?」

「それ」


 そこで新菜は、僕が机の上に置きっぱなしにしていた、ブックカバーのかかった漫画本を指さした。


「なに読んでんの?」

「う……これは……」


 ジイっと真正面から見詰められ、流石に僕もカバーを剥がして表紙を見せる。

 僕が読んでいたのは、某週刊誌で連載中の作品。

 ……多分、彼女なんかには全然馴染みの無さそうな絵柄と作風の漫画だ。


「へぇ」


 新菜はコミックを受け取り、中を広げる。

 ……まぁ、全然有名じゃないし、興味無いだろうけど……。


「あ、これ知ってる!」


 そこで、新菜は声を張り上げた。

 その反応に、僕もビックリする。


「お兄ちゃんの部屋にあって、ちょっと読んだら面白かったんだよね。この主人公のキャラが良くて――」

「え! わ、わかる!?」


 僕は身を乗り出していた。

 まさか、この漫画に関して話を出来る人間が現れるなんて思いもしなかったから、テンションが上がってしまった。


「これ、かなりの良作なんだよ! アクションシーンの書き込みも凄いし、ストーリーもしっかりしてるし、キャラに深みがあって、なんで人気が出ないのかわからないくらいなんだ! まぁ、確かに、ちょっとお色気シーンは多いけど、それはキャラクター同士の関係性の進展に密接した描写であって……」


 そこで、僕はハッと気づく。

 目をぱちくりとさせて、停止している新菜が目前にいた。

 あ、やばい、マジになり過ぎた。

 オタクと思われる。

 オタクだけど。


「ふーん……」


 後悔し、青褪める僕の一方、新菜は手にしたコミックをパラパラと捲り、一通り目を通して。


「ねぇ」


 と、黙り込んでいた僕に言う。


「この後、暇?」

「え、え?」

「ユッキーのオススメのおもしろい漫画、紹介してよ」


 ……ユッキー。

 僕の名前、知ってたのか。

 ……いや、同じクラスだし知ってても不思議じゃないけど。

 でも、いきなり渾名で呼んで来るなんて、ドキッとしてしまった。

 ……いや、ちょっと待って。

 この後? 何だって?

 僕の目の前で、新菜は変わらず、悪戯っぽい笑みを浮かべている。



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