2 椿の本性一つ知る
「……何で葛西までいんの?」
リビングに向かうとこれまたびっくり、うちに来ていたのは南条さんだけではなかった。
「今日の私は業務が無いので、暇だったんで無理やり付いてきました。つまり私も遊びたかったんです」
「あっそう、まぁいいけど……あっ、まさか瀬波まで――」
「来てますよ?」
「マジかよ……!」
おいおい、いるのかよ……どこに潜んでやがる……さぁ、どっからでも噛み付いてきやがれ。
瀬波の強襲に備えて身構えてみる。
「こーら朱音、嘘言っちゃダメでしょ? 隼人くん、良治は連れてきてませんよ」
「よかった……あいつ俺の事大好きだからしれっと付いてきてるかと思ったわ」
「ふっ、風見さんに恋心を抱くなんて、そんな奇跡的な存在この世に一人いるかいないかくらいなんだから、大事にしてあげてくださいね」
冗談で言ってみただけなのに、葛西から想定外の反応が返ってきた。
「いやガチかよ……! 大事にとか絶対無理だから……気色悪すぎて普通に吐くわ」
確かに俺に恋心を抱く存在なんて貴重すぎて是非とも大切にしてあげたいけど、それが何で男の瀬波なんだよ……マジでふざけんな。
「またそんな冗談を言って……大丈夫ですよ隼人くん、そんなわけありませんから」
「だ、だよね……じゃなきゃ困るし」
「冗談なんて、そんなわけないじゃないですかぁ」
「――ええ?! やっぱガチなの……? あいつホモなの……?」
一体どっちが本当の事を言っているのか。
俺は南条さんを信じる。だって瀬波に恋愛対象として見られてるとか普通に死ねるし。
「だから、そんなわけありませんから安心してください。朱音もいい加減にしなさいよ」
「誰も良治が風見さんに恋心を抱いてるなんて言ってないじゃないですかぁ。もっと別の誰かさんの事ですよぉ」
「……え、そんな人いんの?」
どうやら葛西は瀬波の事を言っていたわけではなかったらしい。
だったら俺としては超好都合だ。そんな奇跡的な存在がいるなら誰なのか是非とも教えてくれ。
残念ながら、南条さんでもない限りライラちゃんには及ばないだろうけど、一応今後の人生の参考にしたいので。
「一人くらいはいるかもしれませんねって話です。だからそんな人が現れたら大切にしてあげた方がいいですよっていうただのお節介です」
「……んだよ、紛らわしいな」
実は今、葛西が、それは椿お嬢様です、って言い出すのを心の奥底で期待していたが、流石にそれはなかった。
もしそうだったら勘違いするわけじゃなくて、真実として納得できたのにな。
うん、やっぱ終わったんだよな、俺のラブコメ。
俺も今は南条さんの事は友達としか見てないし、それでいいんだわ。
「はて、どうしました椿お嬢様? 凄い汗ですね」
「あ、ホントだ。もしかして暑かった? 今窓開けるから待ってて」
まだ五月の初めだし、個人的には特に暑いとは思わないが、南条さんにとってはこの気温で暑いと感じているのかもしれない。
とはいえ、流石にまだエアコンは点けなくてもいいだろう。
そう思って窓に近付く。
「……いえ、別に暑くありませんから開けていただかなくても大丈夫です」
カーテンを掴んだ瞬間、南条さんがそう言ってきた。
「え、でも暑そうだけど?」
「そうですよぉ、椿お嬢様。暑くないならなんでそんな汗かいてるんですか?」
「……朱音、分かってて聞いてるのよね?」
「勿論分かって聞いてますよ。冷や汗ってやつですね」
「――言わないでよ!」
南条さんは顔を真っ赤にして声を荒げた。
やはりこの二人、普通に仲がいいんだな。
ただの付き人が主をこんなにも揶揄うわけがない。
けど葛西は当たり前のように南条さんを揶揄ってるし、やっぱり以前南条さんが言ってたように友達なんだな。
……で、葛西は何で南条さんを揶揄ってんの?
「えーと……結局どうして南条さんは冷や汗を?」
「今はまだ聞かないでくださいぃ……いつか必ず言いますのでぇ……」
南条さんは涙目でそう言ってきた。
「ちょ、ちょっと……?! 分かった、もう聞かないから泣かないで?!」
「いえぇ……その時が来たら聞いてくださると嬉しいですぅ……」
聞くなとか聞いてとか、どっちかにしてくれ!
いつか言うって……今じゃダメなのがよく分からない。だって、冷や汗かいてた理由を聞いただけだし……。
「風見さん、椿お嬢様のこういう面倒くさいところも魅力だと思ってあげてください」
いや、ホント結構面倒くさかったからね?
でもまぁ、そういった一面を知れたのも距離が縮まっている証拠だと思っておこう。
「ちょっと、どういう意味かしら?」
「自覚ありませんでした?」
何故か、気づいたら南条さんと葛西がバチバチしている。
「ふ、二人とも……け、喧嘩はよそうね……?」
俺が冷や汗の理由を聞いたのが発端となっている気がする。つまり俺が止めなければならない。
そう思って仲裁に入ったら、南条さんはぷるぷると身体を震わせ何かを堪え始め、葛西は依然として挑発的な笑みを浮かべている。
「風見さんの言う通りです。堪えるんですよ、椿お嬢様。ここでブチギレれば風見さんに本性がバレてしまいますよ? 私的にはその方が面白いんですけど、椿お嬢様はバレたくないんでしょう? キレやすいって」
……いやいや、ここでその言い方する時点で南条さんがキレやすいって俺に伝わってしまうんだけど?
「……どうしても一緒に来たいって言うから連れてくれば、一体どういうつもりなのかしら……?」
南条さんは堪えているが、低い声音から伝わってくる葛西への怒りが半端じゃない。
そして俺も、もはや仲裁に入ろうとすら思えないほどびびっている。
まだこれ、一応ブチギレ入ってないんだよね?
それでも怖ぇ……葛西の言ってた事、冗談じゃなかったんだな……。
「そりゃあもう、椿お嬢様の魅力を一つでも風見さんにお届けできればと思いまして!」
さてと……葛西がまた煽り出したし、飛び火はマジ勘弁だから避難でもしますか。
「隼人くん」
「――はいぃ!」
気づかれないようにリビングを脱出しようとした時、南条さんに呼び止められてしまった。
しまった……まさか俺も怒らせてしまったか……?
「ちょっと短気で怒ると怖い女の子はお嫌いですか?」
「え……? ぜ、全然……むしろ好き、めっちゃ好きだから……!」
何度でも繰り返そう、俺は断じてMではない。
だが、今はこうでも言わないと自分の身が危ないのではと思ってしまったのだ。
自分の安全を守る為なら俺はMにも変貌してみせよう。
「ホッ……好きなのね、ならよかった。……おい朱音、椿の魅力ってやつが何なのかこの場で言ってみろよ。但し、それが魅力じゃなかったら引き裂くからな」
おっほっ……え、誰……?
口調がもはや別人。イメージガタ崩れなんですが……。
俺の知らなかった南条さんが目の前に姿を現したであります。
また一つ、南条椿という子の本性を知る事に成功しました。
恐らく、南条家の関係者以外では海櫻生でこの姿を知っているのは俺だけ。やったね!
……などと喜んでいる場合ではない。
これから襲いかかるかもしれない自分への被害を最小限に抑えるべく、この緊迫した空気に集中しなければ。
アホな葛西はほぼ間違いなく南条さんに爆弾を投げつけるだろう。
それで引き裂かれる羽目になっても俺は助けてやらねえからな?
「分かりました。まず一つ、楓お嬢様の所持品であるエロゲーを持ち出してプレイしている」
「――マジで?!」
……あ、やばっ、衝撃的過ぎてつい反応してしまった。
「……椿がそんな子に見えますか?」
「見えません見えません見えません……! だからこそ驚いてしまったわけでして、今のは葛西の嘘だと信じております……!」
超真顔で聞かれたから、怒らせてしまったと思い必死に弁明せざるを得なかった。
「ですよね、だって事実無根ですもん。……おい、何テキトーなデマ吹き込んでんだオラッ。そもそもそれのどこが魅力か説明しやがれ」
ほらぁ……葛西が爆弾投げるから南条さんがまた更に爆発しそうじゃん……というか既にしてるかも。口調めっちゃ乱暴なんですけど……。
「まぁ、今のは作り話ですけど、実際頭の中はお花畑でしょう? 未来の旦那様とは毎日エッチして子供十人とか思って——」
「なんで分かったのよ?! 誰にも言った事なか――あっ……」
これで見るのは何度目か、南条さんはやっちまったとでも言いたげな表情で黙ってしまう。
こんなにも簡単に葛西の釣り針に食い付いてしまうとは、南条さんって案外間抜けなところあるよな。
にしても南条さん、そんな将来を思い描いていたんだな。
南条さんの未来の旦那さん、うらやま。
マジでその男は今すぐくたばっちまえ。
「ご安心ください椿お嬢様。男性はそういうの大好きな生き物ですから」
「男がそういうの好きとかどうでもいいのよ……! 椿はたった一人――」
「でも風見さんもそうですよね?」
「え、俺? まぁそうだけど……あっ……」
俺は間抜けか? 何を当たり前のように正直に答えてんだよ……!
これでは南条さんを間抜けとか言えたもんじゃない。
もしもこのまま、変態とは絶交よ! なんて言われたら死ねるんだけど……。
「なら安心しましたぁ! 朱音、今日だけは許してあげるわ。何ならいい情報を得たからナイスよ」
……いや、ちょっと待って。
今、何で一瞬だけ同類を見つけたみたいな目を向けてきたの?
俺は南条さんと違って、未来のお嫁さんと毎日ヤリたいとまでは流石に思ってないからね?
しかも、何故か機嫌直ってるし……。
「葛西、お前って南条さんの扱い方熟知してんだな……」
「当たり前じゃないですか。何年一緒にいると思ってるんです?」
「二人して何をヒソヒソ話してるのかしら?」
やばい……せっかく機嫌よくなったのにまたちょっと悪くなった気が……だって明らかに怪しむような目で見られてるもん……。
また南条さんがお怒りにならないように、頭をフル回転させて必死に言葉を探した。




