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第四話 0

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 あるオーケストラの入団試験に、面接があった。

 面接官はオーケストラを率いる指揮者やマネージャー、それにコンマスで、横一列になった面接官の前に立ち、いくつか質問を受けるだけの簡単な面接だ。

 質問の内容も、なにかを見極めようとしているというより、インタビューのような雰囲気だった。

 あなたは何歳ごろから音楽をはじめましたか。

 いままで習った楽器はいくつありますか。

 好きな作曲家はだれですか。

 なぜこのオーケストラに入団したいと思ったのですか。

 もちろん、わたしはすべての質問に模範どおりの回答をした。

 物心ついたときには音楽をやっていました、楽器はヴァイオリンとピアノです、好きな作曲家はバッハです、以前あるコンサートでこのオーケストラを見て感動したからです――。

 面接官たちは納得したような、していないような、曖昧な表情だった。

 たぶん、わたしもそんな表情だったと思う。

 自分で言っていることが自分でおかしかったし、なんだかまるですべて台本どおりという気がしていたから。

 面接は、それで終わるはずだった。

 面接官のひとり、指揮者は、最後にこう質問した。

 ――あなたは音楽が好きですか?

 はい、と答えさえすればよかった。

 ただうなずくだけでもよかったにちがいない。

 でも。

 わたしはなぜかなにも答えられず、質問者の顔をじっと見つめて、その部屋を出ていった。

 ――後日、オーケストラからは合格の通知がきたけれど、わたしはそれを断った。

 音楽が好きですか、という質問が頭のなかをぐるぐると回って、わけがわからなくなってしまったから――わたしはたぶん、その質問から逃げるように世界中を歩きまわったのだと思う。



  *



 ライバル、というのは不思議なもので、目の前にいると邪魔で仕方ないし、消えてしまえばいいのにとさえ思うけれど、いざ本当にいなくなってしまうととっても寂しくなってしまう。

 そもそも――ライバルがいる、というのは、たぶんすごく幸運なことだ。

 自分と同じレベルの相手、競い合える相手というのはなかなか見つかるものではない。

 自分よりはるか上、自分よりはるか下なら探せばいくらでもいるけれど、姿が見えないくらい遠い相手と真剣に戦うのはむずかしい。

 格上すぎると最初から勝てそうにないと思っているから負けてもさほど悔しくないし、格下すぎると勝負にならないからおもしろくない。

 やっぱり、自分とおんなじくらいのレベルが戦うには最適で、もっといえば、自分よりもほんのすこし上の人間をライバルと決めたほうがいい。

 そういう意味で、彼女はわたしのライバルだった。

 わたしは彼女のことが大っ嫌いで、本当に陰湿な嫌がらせをしてやろうかと思うくらい嫌いで、実際一度だけ彼女の持っていた鉛筆を借りたままいただいてしまったことがあるくらい嫌いで、でも大好きだった。

 彼女はいつもわたしより半歩先にいる。

 しかも、平然とした顔で。

 それが癪に障って仕方なくて、なんとか彼女の前に出てやろうと無理をしていた。

 結果的に、わたしも彼女もそういうやり取りのなかで成長できたし、結果的にはライバルとしていてくれてよかったと思うようになったけれど、当時は本当に彼女のことが嫌いだった。

 毎日彼女のことを考え、どうしたら彼女よりも前に出られるか、ということばかり考えていたから――ある日、彼女がいなくなったという話を聞いて、しめしめと思ったものだ。

 どこへ行ったのか知らないけれど、彼女が道草を食っているあいだにわたしはどんどん先へ進んでやるつもりだった。

 実際、わたしは彼女がいなくてもキャリアを進めることができた。

 いくつか幸運もあったにちがいない。でも、幸運も含めてわたしの人生だ。

 でも。

 彼女はいなくなったまま、なかなか戻ってこなかった。

 一年経って、二年経って。

 それでも出てこないから、なんでわたしがこんなことしなくちゃならないんだろうなんて思いながらあれこれ手を尽くして探して、それでも彼女はどこかへ消えてしまったままだったから、仕方なくわたしはライバルの勝ち逃げを許した。

 そこから先は、楽しかったといえば楽しかったけれど、張り合いのない毎日だった。

 相変わらずわたしの上には数えきれない音楽家がいる。

 わたしの下にもやっぱり数えきれない人間がいて、それがするすると上ってきてわたしに近づいたり、あっという間に抜かしていったりする。

 でもずっと同じレベルで競える相手は、彼女以外にはいなかった。

 前へ出てもほんの半歩、数日のうちにすぐ抜き返されてしまうような、緊張した毎日は彼女以外とは送れそうになかった。

 彼女がいなくなって三年経ち、四年経って、そして五年目、ようやく彼女が現れたという話を聞いた。

 でも、もうわたしは彼女をライバルとは認めていなかったから、会いたいとも思わなかった。

 それにこの五年間、ずっと音楽の世界に身を置いていたわたしと、五年間どこかに消えていた彼女とでは絶対的な差ができている。

 どこかでわたしは、その差を確かめたくないと思っていたのかもしれない。

 だから会うつもりはまったくなかったけれど、ちょうどいい具合に学校から皐月祭の話がきたものだから、ちょっと会ってやるかと思うことにした。

 かつてのライバルに会って、存分にいまの力を見せつけ、相手をへこませてやるのも悪くはない。

 わたしはそう思って――わくわくしながら、飛行機に乗り込んだのだ。

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