1 ツンデレ王子は婚約者にかっこつけたい
フランクベルト王国第二王子ユーフラテスはツンデレだった。
婚約者であるキャンベル辺境伯令嬢ネモフィラのことが出会った頃、つまりユーフラテス六歳、ネモフィラ五歳のとき婚約締結のため、顔合わせしたときから大好き。大・大・大好きである。
一目で心奪われた。
ネモフィラは不細工ではないが決して美人ではなく、ぽっちゃりしていて、そして鈍くさかった。
淑女の礼なんてしようものなら片足がふらついて転ぶし、何か問いかけても「ええと、よくわかりませんわ」と返ってくる。
わからないとは何だ、と聞いても、殿下のおっしゃることはいつも難しくて、と言う。
最初のうちは馬鹿にされているのかと思ったが、聞かれた質問にうんうん悩んで、結局わからない、という答えになるようだった。
そもそもネモフィラに政治経済、隣国との力関係、大貴族の持つ青い血とその扱い等の話をしようとしたユーフラテスが悪いのだが。
ネモフィラは貴族令嬢で、政治経済について深く学ぶことはない。
しかしユーフラテスは好きな女の子の前、学んだばかりの知識を披露することで博識だと思われたかった。
さりげなく話を討論のような形までもっていったところでネモフィラを論破し、ネモフィラに感嘆と尊敬の目で見つめられて、さすが殿下! お考えが深い! 素敵! と言われたかった。
かっこつけたかったのだ。ユーフラテスはアホだった。
また青い血とは建国の暁に、王家へ忠誠の誓いをたてた貴族達が脈々と受け継いできた、古の契約と、その証である。
同時にこの国の王侯貴族の体を脈々と流れる、魔力の元となるものである。
そしてまた約150年前、フランクベルト王国第十一代国王レオンハルト二世の政策転換により、王族からはほぼ失われてしまったものである。
レオンハルト二世は一説によると、建国の勇である初代国王に匹敵する程の魔力の持ち主であったという。
しかし彼は突如外交に重きを置くと宣言し、他国の血を混じえることとなった。
それまで青い血を大事に後世へと繋いでいくため、国内の貴族とのみ婚姻関係を結び、濃い血縁関係を築き、他国の血を入れなかった王家の慣習を破ったのである。
これにより発現の儀と戴冠の儀の後に代々国王と認められていた王族であったのが、発現の儀を執り行っても、それ以降は王族の誰一人として青い血を発現させなくなった。
この青天の霹靂とも言うべき、レオンハルト二世の突然の強引な施策変更の背景には、長きに渡る某国との戦争終結のため、後手に回っていた諸外国との同盟強化を図る為だったとか。これまで頑なに他国の血を受け入れなかったフランクべルト王国王家への諸外国からの批難、また孤立にいよいよ耐え難くなったためだとか。
いくつかの説が唱えられている。
理由は何であれ、レオンハルト二世自らが他国の姫を娶り王妃とし、その後青い血が発現しなくなったことにより、王家より魔力は急速に失われた。
それに伴い、王家主体で進められていた魔術・魔法の研究もまた衰退していく。
保守的な大貴族は純血主義を掲げ、今世でも青い血をその身に宿すが、しかしながら元を辿れば王家への忠誠を誓うためのもの。
そのためか青い血は未だ色濃く大貴族達の身に流れているものの、魔法に魔術を操ることのできる者は最早いない。
王侯貴族に属さず命を受けない魔術師が、いくらかいるのみである。
フランクベルト王国独自の古代の力が失われたことについて、第十一代国王レオンハルト二世は愚王であったと見る一派と、一方で他国との結びつきを強めたことにより、王国の孤立から繋がる周辺諸国からの侵略、隷属、また王国滅亡を防いだと賢王と見なす一派とで、歴史家の間で評価は分かれる。
以上の経緯を辿った、青い血を失った王家と、王家への忠誠の証でありながら青い血を受け継ぎ王家への優位性を目論む大貴族。
貴族達は王家を支持する体を示しながらも、現在、水面下では対立関係にある。
これらについて、ユーフラテスは教師に習ったばかりであった。
教師がまだ幼い王子にこの複雑な内政問題を教えたことには理由がある。
王族の歴史を王族の一人として習得する意味は勿論、王家と大貴族との力関係を第二王子として必ず知るべきだったからだ。
王族としての立場を理解し、王族としての矜持を保ち、いかに貴族に応じ振る舞うか。自ずと定まってくるものである。
王家と大貴族との対立について、また王家の立場における大貴族達の扱いについて、幼いユーフラテスはこれまた幼いネモフィラの意を聞きたいと思っていた。
将来の王子妃となるネモフィラと今のうちから意を交わし覚悟を同じくしたいというより、単純にユーフラテスは持論をぶち上げて、ネモフィラにキャー素敵、と思われたかったのである。
つくづく残念な王子様だったが、まだ十歳と幼かったため、多目に見てほしい。好きな女の子に格好つけたいお年頃である。
「ネモフィラ。お前の家は純血主義ではないな」
「ええ。そのように聞いておりますわ」
両拳をテーブルの上に置き、キリッと眼尻を上げ、ユーフラテスはネモフィラを睨みあげた。
対するネモフィラはぽわわん、といつものように微笑みともつかない何とも間の抜けた、緩みきった顔でユーフラテスを見た。
――ちくしょう、可愛い。
内心悶えに悶えたユーフラテスだが、素直に可愛いだなんて口に出せるのなら、ツンデレではない。
俺様傲慢王子は赤くなった頬を誤魔化すように、ゴホン、と咳払いをした。ツンデレあるある。
「キャンベル辺境伯家は王家に忠誠を誓っているな?」
「勿論ですわ」
当然である。
ここでネモフィラが、我が一族は王家に忠誠など誓っていないなどと答えようものなら、一族郎党まとめて粛正されてしまう。
何しろこの茶会は王宮で行われている。
ユーフラテスの後ろにもネモフィラの後ろにも、それぞれ侍女に屈強な護衛騎士が控えているのである。
彼等はそこに存在しないかのように振る舞いながら、幼い婚約者同士の会話を漏らすことなく耳に入れ、必要とあらば上へと報告する。その上が辿り着くところは国王陛下である。
何を当たり前のことを……。
とはネモフィラは思わなかった。特に何も思わなかった。
聞かれたので答えただけである。
問いかけたユーフラテスも特に意味はなく、話の導入であっただけだが、ネモフィラの肯定に満足そうに頷いた。偉そうである。
「だが他貴族のように、青い血でもって忠を為すわけではない」
さぁここから始めるぞ! ちょっと小難しい内政論なんかブチかましちゃうぞ、とユーフラテスが鼻息を荒くしたとき、突然ネモフィラが口を開いた。
「あら。だって当然ですわ。第十一代国王陛下であられたレオンハルト二世と我が祖先、当時のキャンベル辺境伯家長女で唯一の嫡子ナタリー・キャンベルは百五十年前の当時、婚約関係にあったのですわ。レオンハルト二世は第五王子で、もともとはキャンベル辺境伯家に婿入りするはずでしたのに、突然青い血が発現した上、お父上の第十代国王陛下が崩御が重なったため、急遽ご即位なされたのです」
「は?」
ツラツラと淀みなく話し始めたネモフィラに、ユーフラテスは呆気にとられた。そんな話は教師から聞いていない。




