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琥珀の太陽、黒曜の月  作者: 結城暁


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「川下のコーラー国まで流されだだけだったんだが」

「よく、よくご無事で……!」


 ディナトは自分よりも背丈の高くなったシンジュオスの抱擁をくすぐったい気持ちで受け入れた。

 暁の明星に連れられ、日の出と共に生まれた弟はやはり陽の光の臭いがした。その広くなった背をたたく。


「たまさか川岸に流れ着いていたところをクリシィーア妃に拾っていただき、手厚い看護を受けていなければさすがの(おれ)も死んでいただろうな」


 何か月も寝台を離れられず、身を起こすことすらできなかった時分を思い出し、ディナトは脇腹を押さえた。

 生きているのが不思議たと医者に言われたが、クリシィーアの治癒術のおかげで傷は塞がり、今も生きている。


「二十年、善く国を治めたな、シンジュオス。善き王になった。(おれ)はおまえが誇らしい」

「ありがとうございます、兄上」

「おっと、イスキュロス(そいつ)は死んだぞ。(おれ)はただの従者、ただのディナトだ」


 笑って自分をたしなめるディナトにシンジュオスは眉根を下げた。偉大な王と呼ばれている男とは思えぬほどの情けない顔だった。


「そんなことは言わないでください兄上。この国の王は俺などより兄上のほうが余程ふさわしい。どうか戻って来てください。王になってください、兄さま」

「おまえたちは揃いも揃って……」


 ルルディーアといい、シンジュオスといい、ここぞという場面で昔の呼び名を呼ぶのはやめてほしい。うっかりなんでも願いを叶えそうになってしまう。

 そんなディナトの心中など知らぬシンジュオスにディナトは首をふった。


「それは違う。違うぞ、シンジュオス」


 ディナトはシンジュオスを見上げてきっぱりと否定した。


「前に、兄上が王太子となられたときに言ったろう。(おれ)は王になる器ではない、なってはならぬ、と。おそらく神はそのように(おれ)をお作りになられた。

 (おれ)(おれ)のほしいまま、授かった力を自分勝手に振る舞っていれば国はたちまち荒れただろう。滅びていたかもしれん。

 そうならなかったのは道理を弁えた父と、仕えるに値する兄上がいたからだ。父上と兄上は(おれ)の使い道をよく分かっていらした。

 大将軍など(おれ)には過分な役職(もの)だったが、王よりはよほど向いていた。敵を殺せば良いのだからな。

 そして、シン。おまえは(おれ)にとって分かり易い守護対象だった。

 形の見えにくい国ではなく、数多の顔も見知らぬ民草ではなく。(おれ)を恐れず怖がらず、笑顔を向けてくれた。慕ってくれた。おまえとすごす時間はあたたかった。この上なく幸福(しあわせ)だった。

 まるで自分が人間(ひと)になれたようだった」

「兄さまは人間です」


 間髪入れずに言うシンジュオスにディナトはほのかに笑い返した。


「そう言ってくれるのはおまえと、父上と兄上、それからクリシィーア妃にルルディーア姫だけだ。……ははは、そこそこ多いな。うむ。

 は良き弟義妹(ていまい)を持つ俺は果報者だな」

「兄上……」


 イスキュロスに戻る気はないのだと察してくれた聡いシンジュオスの頬を撫でる。本当は頭を撫でてやりたかったのだが、装飾品と髪形を乱すのは忍びなかった。


「ああほら、ルルディーアが探しているぞ。この良き日に祝福されし花婿殿が情けない顔をするな」


 泣き虫だったかつての弟にしていたようにシンジュオスの(まなじり)を拭う。軽く抱き寄せ、肩を叩く。


「さあ行ってこい。愛しい弟よ。ルルディーアと二人、力を合わせて幸せになるのだぞ」

「……はい」


 そうして宴の席に戻り、大切な姫と大切な弟が仲睦まじく手を取り合う様子を眺めて、ディナトは微笑んだ。

 なんと幸せな光景だろうか。

 ああ、きっと。

 己はこの時のために生きてきたのだ。


「なんて、少し虫が良すぎるな」


 オリヴァシィ国王と王妃の未来に幸多からんことを、とディナトは杯を月に掲げた。

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