第83話 バーサーカー
さて、そういうわけで、俺は俺を理解した――と思う。
結局のところ、俺は茹だったタコのように思考が硬くなってしまっていたのだ。
軟体生物のように柔軟に生きることを理想としていたはずが、藤堂なんていう熱湯を体に浴びせられてしまったせいで、ギュッと縮こまってしまっていたのだ。
妹にバカにされるのもわかるって話だ。
だが、話はそう簡単に収束するわけではない。
少なくともこれから俺の身にはいくつかのイベントが待ち受けているようだった。
ということで。
俺が俺自身の気持ちに嘘をつくのを回避した後のことを話そう。
◇
自分の器がいかに小さいかを実感した後日。
俺は、藤堂に何を話すかのプライオリティを考え直していた。
通学路をまるで、オートランをONにしているかのように無意識に直線的に移動する。
漆原とのこと。
応援する気持ちのこと。
しかし俺はお前に置いていかれるのが――いや、んなことは絶対に言わないぞ。
「……勉強は続けるからな、ぐらいでいいか……」
うん。
それでいいよな。
十分、女々しい感じもするけど、嘘はつきたくないもんな。
下駄箱に靴をしまって、階段を上る。
「よし……、あとはアイツを放課後誘って……それで――」
「――それで、なに?」
「いや、それで、藤堂に――」
「あたしに?」
「そう、お前に――はっ!?」
誰かの言葉に当たり前のように反応していた事実。
それは、誰か、ではなくまさに当事者の藤堂真白だった。
「お、お前、なんで……」
視線を横に向ければ、やけに近い距離で階段を登っている藤堂が目に映った。
相変わらずのミニスカート、ボタンを二つあけたワイシャツ。今日はそこにネクタイをつけているが、リボンタイのときもある。
最近暑くなってきた気がする――なんて言っていた気もするが、腰に目をやれば、カシューナッツみたいな色をした薄手のカーディガンを、防寒のためなのかファッションのためなのか、どちらかは不明だが、袖の部分を裏側に垂れ下がるように軽く結んでいた。
前に『それって、FFっていうゲームのバーサーカーみたいだよな』と褒めたら、『は?』などとキレられたことがあった。『な、なんちゃって』と逃げてみたが、あれはやっぱりバーサーカーだった。
さて、今はバーサーカーには見えない藤堂だが、それでもどこか機嫌が悪そうだ。悪そうだというか、悪いに決まっている。そして俺はその理由もわかっている。
藤堂が口を開いた。
「黒木、またあたしのこと、おま――」
瞬間、言葉を重ねる。
「お前って言ってスミマセン」
「え? あ、うん、いいけど……」
さすがに俺だってバカじゃない。
なんで藤堂が怒っているかぐらいわかってきた。
なら言わなきゃいいのに――と思ったやつは黙っていてくれ。ごめんなさい。
それにしても、突然のことだが、チャンスに恵まれているらしい。
俺は階段をゆっくり登りながら前や、上を伺った。
誰もいない気がする。
「? 黒木、早くのぼれば?」
「はい」
曖昧に頷きながら、背後を見る。
よし、誰もいなそうだ。
「? 黒木、なんで背後が気になるの?」
「いや」
「誰かに監視されてるみたい」
「……いや」
反応の遅れは誰のせいとは言わないぞ。
とにかくチャンスである。
俺は藤堂に約束をとりつけることにした。
「なあ、藤堂」
「……なに」
「放課後、ちょっといいか?」
「え? あ、う、うん、いいけど――」
藤堂は想定していたよりも、大げさな反応を示してきた。
てっきり『え? なんで? 仕事あるんだけど』とか『それより勉強平気なの?』とか『別にいいけど』とかのどれかだと思っていた。
「――黒木から話って、なに、かな」
「いや、そこまで畏まられるとあれなんだけどな……最近の、話とか」
最近の、といった瞬間だった。
藤堂の雰囲気がいきなり変わった。
印象でいえば、優→怖。
「最近?」
「まあ、最近」
「まあ、最近ってなに」
「え?」
「いや、最近って言われても、あたしわかんないし?」
「いやだから、それは……」
「もしかしてそれってさ」
漆原の話――それは別にストーカー疑いとかそういう話じゃなくて。
漆原との再会によって、思い出したこととか、気がつけたこととか。
そしてこの前の話でそれが確信に変わったこととか。
藤堂は、いいよどむ俺から目を離すと、一語一語、確かめるように言った。
「夜の、わたしの知らない子からの、告白の……話?」
「ぶっ!?」
告白!?
いや、告白って、あれか――ようするに犯人の告白みたいなことだよな!?
いや、俺、犯人じゃねえし!
藤堂は真顔だった。
バーサーカーより怖かった。
「なんで焦るの? 本当に告白されたの? 結局なんなの、あの話」
「あの話ってなんだ」
「だからそういうこと言ってたでしょ」
「言ってた気は……しないでもないが」
どうだったっけ……。
「告白、されたの? だから最近――」
「まず落ち着け」
「落ち着いたときというのは、黒木が全部話し終えたとき」
「こええよ!」
思わず前後を見る。
随分ゆっくり歩いていたが、それでも階段はもう終わる。
なんだろうか。
藤堂の反応がおかしい気がする。
そういえば漆原の件が一旦の解決を見せるまで、要所要所で藤堂の言葉に違和感を覚えたことが何度かあった気がする――どういうことだ?
よくわからない。
そして、よくわからないまま、階段は終わった。
おそらく藤堂から荒らしてきたはずだが、藤堂から終わりが告げられた。
「とにかく放課後ね。ぜったいきてね」
「俺が誘ったはずなんだが……」
「こなかったら――」
「え?」
「――消すから」
「なにを!?」
まじで、なんだこれは。
『藤堂がなんで怒っているのかわかる』なんて、誰が言った?
とりあえずトイレには寄らないでおこう。
鏡があるからだ。




