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俺とアイツは友達じゃない。  作者: 斎藤ニコ
CHAPTER Ⅱ

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第23話 最弱な思考

 藤堂の写る一枚の画像。

 それはまるでファッション雑誌に載っているモデルのようだった――が、それは比喩でもなんでもない。だって藤堂はモデルとして活動しているのだから、こういった写真だって不思議じゃない。

 

 先日言っていた、日曜日の予定――モデル。雑誌。

 そのときに撮影されたデータなのだろうか。


 綺麗、だと思う。

 藤堂の緩やかにウェーブしたイチョウ色の髪をふんわりと受け止めるような、厚手の生地の白いワンピース。こういうものは完全に暖かくなってから着るような気もするが、ゲーム雑誌と同じように、ファッション雑誌というものも少し早めに情報を載せるのかもしれない。


 俺は視線を写真に巡らせて、感嘆し、藤堂のすごさを実感し――だが、一度通り過ぎた場所に再び視線を戻してしまった。


 なんだろうか、この違和感――じきにそれに思い至る。

 違和感を感じるのは、藤堂の表情だ。


 笑顔。


 たしかにそこには笑顔が写っている。

 だが、それは俺の知っている笑顔ではなかった。

 それは学校で見る藤堂とも、階段踊り場で見る藤堂とも、また違った笑みを浮かべていた。だからなんだか違和感を感じたのだろう。


 だが、そんなもの、俺のひねくれた見方がそうさせているだけかもしれない。

 芸能人だって、芸人だって、モデルだって、作家だって――プライベートがあるはずだ。衆人環視に自分の全てをそのまま見せている人間ばかりではない。当たり前だ。

 

 ちなみに三件中のうちの二件は文章だった。


『どこにいる?』

『いま、はなせる?』


 二行。

 どうやら藤堂は、チャットで要請した上で、なお回答を待ちきれず、俺に電話をしてしまうくらいには、気持ちを抑えられない状況であったようだ。


 俺は画像データを数秒間見直してから、スマホから視線を外した。


「……いま、見た」

『うん』

「えっと……、つまり、なんだ?」

『何か、気が付かない?』

「え?」


 まるで先ほどの違和感を、見抜かれたような質問に、俺は驚きの声をあげることしかできない。

 藤堂は、そんな反応を綺麗に無視して先を進める。


『ちょっと……悩みができちゃってさ』

「悩み?」


 たしかにそれは俺の得意分野でもある。

 だが、その事件はすべて未解決だ。もしも俺が探偵ならば、座布団をなげられているだろう。


『うん。それで……まあ、失礼だと思ったけど、ちょっと、電話してみた』

「いや、別に失礼じゃないけどさ」

『いま、秘密の場所?』

「違う。外……のはじっこ」

『あはは、黒木らしいね――秘密の場所は使わないんだ?』

「ああ……まあ……、で何か用か?」


 なんか、一人だと広すぎるんだよ、とは言えない。


『あ、うん……ていうか、そもそも、怒ってる?』

「は? なんで?」

『ん、ちょっと気になったから……しかし、あれだね。黒木は表情は暗いのにさ――』


 ほっとけ。

 藤堂は、なんだか叱られている生徒みたいに控えめに主張した。


『――それでも表情が見えないと、言葉遣い、ちょっと怖いね』

「す、すまん」


 反省するのはこちらだった。


 本当に俺は、学ばない人間だ。唯一の味方である家族がいつも教えてくれている注意を、こういう時に思い出すべきなのだ。

 舌打ちはしない。ため息はつかない。逃げない。ひねくれない、人を信じる、悪態をつかない――いや、それは無理だろ。俺は聖人じゃない。

 でも他人である藤堂が、メリットもないのにわざわざおしえてくれたのだから、やはりこれは、忘れてはいけないことなのだ。

 ……いや、茜が言ってたな。『人付き合いはメリットとかデメリットで考えるもんじゃないから』

 俺はいったい何個の『自分のクセ』を直せばいいのだろうか。完成したら、それは俺じゃない気もする。


 藤堂は、『うーん』と何かを考えていたが、すぐに諦めた。


『もしかしたら黒木の体から癒しのオーラとか出てんのかもね――まあいいや、で、怒ってる?』

「……怒る理由がないだろ。」


 本当だ。

 怒るわけがない

 むしろ俺が悪いんじゃいのか?――でも言わない。だって悪いか悪くないかの基準を俺は持っていない。昨日の謝罪はただの流れだ。なんで謝ったのときかれたら、俺には答えられない。


『そっか、うん、よかった……わたしも気を付けるね』

「お、おう」


 後ろから追突された人間が、何を気を付けると言うのか。だがきっと藤堂レベルになれば、後ろにも目が付いているのだろう。俺みたいに、心中で他人をこき下ろして平静を保つような人間とは違うのだ。


 予鈴が鳴った。

 藤堂が『あー』と間延びした声を出す。


『あのさ、今日、時間ある?』

「2時間くらいなら、あるけど」

『じゃあ、秘密の場所で、放課後、いい?』

「いいけど……ゲームか?」

『それもいいんだけどさ、悩みがあって、ちょっと……相談のってほしいかも』

「……ソウダン?」


 装弾?

 いや、ゲーム脳よ静まれ。


『装弾』ではなく『相談』だろう。

 いや、待て。それでもおかしいだろうが。


 よく考えてみろ。


 俺は、人類最弱精神に分類されるような存在だぞ?

 悩みを解決ではなく、逃避によって処理する俺だぞ?

 俺が相談を受けてほしいぐらいなんだぞ?


 藤堂の悩みなんて、どれほどの重さなんだよ。

 想像もできない。初心者相手に自動小銃でスナイピングしろと言われるぐらい無茶だ。


 だが藤堂にはなんの心配もないようだった。


『じゃあ、ごめん、そういうことでよろしく』


 一方的に通話は切られた。

 

「……まじかよ」


 相手はヒエラルキートップだぞ。

 茜から『動画編集ってどうやんのー?』なんて聞かれているわけではない。レベルからして違う。


 そもそもこのクエスト、受注レベルがおかしいんじゃいのか?

 いや――もしかすると人生というゲームにはレベルが存在しないのかもしれない。完全スキル制。なるほど、そりゃ生きてるだけじゃ強くなれないはずだ。ゲーム好きの俺が弱いのも頷ける。俺はまともなスキルを持っていない。


 さて、現実逃避をしていても始まらない。


 相談クエスト発生――スキル過多の上位攻略組からの依頼。

 考えてもわからない。

 一体どうすりゃいいんだ。

 話を聞いて、それからどうすりゃいいんだ。


「とりあえず……、ネットで検索をするとか……?」


 最悪で最弱な思考だった。

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