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俺とアイツは友達じゃない。  作者: 斎藤ニコ
CHAPTER Ⅱ

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第18話 難易度設定ぐらいつけてくれ

 回想終了。

 いや、終了なんて、カッコいいもんじゃない。


 やべえことに、また、気が付いたら試合が終わっていた。

 それでも安心できたのは、俺の前に鎮座するディスプレイ画面には、


〈おめでとう! おめでとう! 二人分の、おめでとう!〉


 と、デュオで勝った時のシステムメッセージがうつっていたことだ。妹に相談までして、それどころか足を引っ張っていたら、色々と終わってる。


 何度か画面をクリックすると、出撃前のメニュー画面に戻ってきた。

 普段であれば、先ほどの試合の反省点を言い合いながら、すぐに次の試合にうつるのだが、今日は違った。


『なんか話流れちゃったから戻すけどさ――だって、にいにさ、なんか最近、すごい楽しそうだもん』


 茜は言った。

 こちらの部屋に来ることもできるのだが、俺達は、声だけの関係でも成り立つ。それが近いのか、遠いのかは分からないが、今は、助かる。


「いや、楽しそうって……」


 よく分からない。

 鏡で見ても、俺は同じ顔をしている。


『まあ、本人に分かるぐらいなら、そんな質問出てこないだろうから、別にいいんだけど』


 茜はバカにするような文章を、まるでバカにしていないかのように言った。


『にいにはさ、ほんと、悲観的すぎるぐらいに、他人を疑って見るところもあるからね。正直、友達とか、リア友とか、言葉として出てくるだけでも、やばいです』

「お、おう……」


 そこまでなのか、俺って……。

 ちょっとショック受けている自分が、ちょっと意外だ。


『でもさ、覚えてる? 昔さ、よくママが言ってたじゃん。〈お兄ちゃんはさ、本当はとっても優しくて、友達を信じ過ぎちゃうから、けっきょく色々見えてきちゃって、最終的には怖くなっちゃったんだよ。悪気はないんだよ〉って』

「ああ……それは、まあ、覚えてる」


 覚えているもなにも、今日、思い出したことだから。

 似たようなことは、何回も言われていた。角度を変えて、違う言葉で、何度もだ。

 母親として、なんか思うところがあったのだろうか。それとも母親ではなく、一人の人間としてか。


『わたしさあ、あれ聞いて、最初は意味わからなかったんだけど……ネットでゲーム配信やりはじめて、ちょっと分かる気がしてきたんだよね』

「……どういうことだよ?」


 俺は今、茜の姿を見ていない。

 ディスプレイにうつる、パーティ出撃前のメンバー表示で、KUROUとYou-Hiが並んでいるのを見ているだけだ。

 そこに『兄妹』なんていうステータスは存在しない。

 あくまで対等なキャラクターが肩をならべて、出撃を、いまかいまかと待ちわびているだけだった。


   ◇


 本人はなんでもないことのように普段通りに話しているつもりだろうが、茜の声のトーンは少しだけ落ちていた。兄だから分かるのかもしれないほどに、少しだけ。


『にいにってさ、みんなに気を使って、動画を作るじゃない。普段からは全く想像できないくらいに、誰も傷つかないようにさ』

「そう、かな」

『そうだよ。正直、〈そこまで人の気持ちを大事にできるなら、友達つくれんじゃん〉って思ってるぐらい』

「お、おう……」


 藤堂と俺の会話を盗聴しているのかと疑いたくなるほど、セリフだ。


『にいには、きっと、色々見えすぎちゃっているんだと思うんだよね。他の人が、気にしないレベルのことまで、全部、見えちゃう』


 目が良いということだろうか。

 そんなことを考えていたら、茜が先行して言った。


『視力の話じゃないからね?』

「わ、わかってる」

『ほんとかなあ』


 ま、それでさ、と茜は続けた。


『でさ、きっとにいには、小さいころから皆にそういうことを教えようとしてたんだと思うよ。〈あそこにあれがあるよ〉、〈ここにこれがあるよ〉――でもさ、そんなことさ、見えない人からしたら、無駄な索敵にしか見えないよ。だって見えないんだから』

「すまん……わかりやすくいってくれ」


 茜は、頭が良い。

 俺よりも、頭が良い。

 だから、ときおり、まるで遠くに行ってしまったかのような達観した意見をいうことも、多々ある。

 今が、それらしい。


『えー? これ以上わからないけどさ――でもまあ、そういうにいにだったけど、今は違うよね』


 違う、と言われてドキリとした。

 まるで、間違いをしてきされているような気分になってしまう。茜にその意図はないのだろうけど。


『今のにいには、ただただ、気にすること、見えることに疲れちゃったんだろうねって思うよ。でも本当は、見えてるからさ、そのアンバランスさに、にいに自身、とまどってるんじゃない?』


 頭の中で何かがぐるぐると回り始めている。

 だが回転速度が速すぎて、目が追い付かない。

 止めようと手を伸ばしても、はじかれてしまうだけだった。


 俺はわずかではあるが、申し訳ない気持ちすら感じながら、告げた。


「……ダメだ、茜。わからねえ」

『うーん……』


 わずかに考えるような間があった。

 だが茜は、それ以上の言葉に意味はないと判断したようだ。


『はは。実は、わたしも途中から、わかってない』

「まじかよ……」

『ま、それがわたしなりの、答えかな』

「えっと……つまり、リア友との付き合い方の答えか?」

『そ。ようするに――〈分からないなりに、がんばって、考えてんの〉ってこと。かわいいかわいい、茜ちゃんも、ね』


 そこで二人の会話は止まった。

 動いているのは、相変わらず、待機画面のキャラクターだけだ。


 俺は、話を終わらせるための言葉を口にした。


「……なんか、すまん。サンキューな」

『じゃ、このアバター買ってください』

「お前の方が稼いでるだろうが!?」


 その日の相談料は、結局、技術で支払うことになった。フォロワーのみなさん、喜んでくれ。今度の動画は、やたらと力の入った出来となっているだろう。まさかそれが、兄が妹に人生相談をした結果だとは、気が付くまい。


   ◇


 さて。


 なんだか、よくわからない話になってしまったが、不思議と、心は晴れやかになっていた。


 意味はわかっていない。

 理解もしていない。

 だが、思いを口にするというには、ある種の、カウンセリングになるのだろう。


 茜も……うまくやっているように見えるやつも、色々と考えているんだな、ということも、なんだか、分かっているつもりだったのだが、今日はやけに心に沁みてきた。


 しかし、長年俺のことを、間近で見てきた妹でさえも、俺の理解というのは、言語化しにくいらしい。いやまあ、そりゃ機械じゃないし、診断ソフトじゃないんだから、その気持ちもわかるが、俺には一つの疑問が浮かんできていたのも事実だ。


 ――じゃあ、どうする?


 他人で、階級差があって、性別も、生まれも、得意とするものも違う相手――藤堂真白のことを、どうやって、理解すればいいのだろうか。どうすると理解できるのだろうか。そもそも、ヒエラルキー最下層の俺には、そんなことは、許されていないのだろうか。


 俺はパソコンをシャットダウンすると、そのままベッドにダイブした。

 やわらかな衝撃を感じながら、枕に顔をうずめる。


 くぐもった声は、それでも俺の気持ちを如実に表していた。


「ゲームより、ムズい」


 人生はやり直しのきかないゲームだ、だって?

 誰の言葉か知らねーが、もしそうならば、せめて、難易度設定ぐらいつけてくれよ、と切に思う。


少しだけ変化できた主人公。

今度は、藤堂が少しだけ変わる番です。


では、チャプター2”本編”の始まりです。

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