一月一日 要と沙織の初詣(3)
「あ、そういえば」
全体の半分ほどを食べている途中、沙織はふとあることに気付いた。
「どうしたの?」
「彩たちに連絡するの忘れてた……どうしよう」
「あ」
食べる手を止めて固まっている様子を見る限り、要も今まで忘れていたようだった。
「えと……今からでも連絡した方がいいよね?」
「しないよりは、ね」
要の苦笑を全身に浴びながら沙織は携帯電話を取り出し、電話帳の項目を探り始める。
「あれー? 寮監さんの連絡先、入ってないや。要は?」
「私も知らないけど……彩とか泉沢先輩なら知ってるんじゃないかな?」
「そっか。じゃあ──お参りが終わったことと、わたしたちがいる場所と、寮監さんにもこのことを伝えてねってメールすればいいかな」
右手に持っていた箸を一旦置き、沙織は両手を使って文面を打ち込んでいく。彩へ送信するので、文体を気にする必要もない。
「よし、送信完了っと」
携帯電話から顔を上げると、焼きそばを食べている要と目が合った。
「あー、要だけずるいよー」
「ちゃんと沙織の分は残してあるよ。ほら」
そうして二人で買った物を食べること数十分。その間に彩から返信が届き、こちらに向かっているところだということがわかった。だからこそ一層食べることに専念することができたのだった。
「やっほー、おつかれー」
陽気な言葉と共に彩がやって来た時には、既にすべてを食べ終えていた。
「ごめんね、先に行っちゃって」
「いいのいいの。おかげであたしもお腹いっぱいになったから」
満足気な彩の隣では、悠希が普段通りの穏やかな笑顔を浮かべている。
「お二人は、もう何か食べたのでしょうか?」
「ええ、まあ……色々と」
食べすぎたかもしれないと、今更になって沙織は心配になってきた。
四人でしばしの談笑をしていると、ようやく最後の一人が現れた。
「いやー、やっぱり出店ってのはいつ見ても心躍るねえ」
彩以上に達成感を滲ませる表情をした寮監の手には、大きな袋が提げられている。
「あの、それは?」
「これか? 思わず血が騒いでな、屋台荒らしをちょっと」
訊ねた沙織だけではなく、無関係の周囲にも見せつけるように景品の入った袋を掲げていた。
「さて、みんなちゃんと参拝したね? それなら帰るよ。お土産もこうしていっぱいあることだし」
駐車場への道を先導する寮監の姿は、とても堂々としたものだった。
「──ん」
車に揺られるうちに眠ってしまったらしい。時刻は午後四時を過ぎた頃。車の外を流れる風景は見慣れたものへ変わっていた。
方角と視界が一致することに、沙織はほっとした気分になる。
「……はぁ」
そして同時に言い知れぬ寂しさを感じる。隣に要がいるというのに。今まであれほど充実した時間を過ごしてきたというのに。
いや、だからこそ寂しさを抑えられないのかもしれない。このまま要と離れてしまうことを考えると、見えない何かに押し潰されそうになる。
「さて、やっと帰って来られたね。あたしは車置いて来るから、先に帰ってなよ」
四人を寮の近くで降車させ、寮監の運転する車は次の交差点を曲がっていった。話では、少し離れた場所に契約している駐車場があるらしい。
「いやー、楽しかったなあ」
言いながら彩は伸びをしていた。狭い座席で体が固まってしまったのだろうか。
「人ばっかりで疲れちゃったよ」
「さおりん寝てたもんねー。アイちゃん寝顔見た?」
「横に座ってたから、もちろん見たよ。沙織、ぐっすり眠ってた」
「えー、恥ずかしい……」
寮に到着し、彩と悠希は寄る所があるということで別れた。再び訪れる二人だけの時間。部屋に入ったところで、それを待っていたかのような速さで要に訊ねられる。
「沙織、また何か考えちゃってない?」
「えと……」
的確なだけに、とっさの答えが出てこなかった。
「見てればわかるよ。なんだか、クリスマスの頃みたい」
真剣な要の眼差し。けれど強迫的な雰囲気は皆無で、思わず沙織は流されてしまう。
「……要が今日、帰っちゃうんじゃないかなって」
「私が?」
自分の気持ちが零れ落ちるのを止められない。
「そうしたら、わたしまた一人になっちゃうから……」
「だから?」
要に促されるまま、正直な願いが引き出される。
「帰らないで……今夜もここにいてほしいの」
「最初からそう言えばいいのに」
繋がれる手。何度もそうしてきたのに、この時は何か特別な温かさを沙織は感じていた。
「私でよかったら、いつでも一緒にいるって言ったでしょ?」
瞳が潤んでしまうのを、どうやっても沙織は止められなかった。そんな自分の顔を見られたくなくて、逃げ道を探すように俯いてしまう。
要は何も言わず、ただ沙織の頭を撫でていた。羽に触れるような手つきで、何度も。




