十二月三十一日 要と沙織の年越し(1)
「いらっしゃい、要」
「こんばんは、かな。今の時間ってちょっと迷うよね」
午後五時過ぎ、寮の門前にて。沙織は要を出迎えていた。今日は寮監主催の年越し会が寮の食堂で開かれることになっており、二人はそれに参加するつもりでいる。
「結局、クリスマスから毎日会ってたね」
食堂へと向かう道すがら、要が話し掛けてきた。
「ごめんね、付き合わせちゃって。要の予定とか大丈夫だった?」
「ううん。私もそんな忙しいわけじゃないから。沙織と遊べて楽しかったよ」
「そう? あの、私も……楽しかったよ」
食堂には、またそれほど人は集まっていなかった。それどころか、どう見ても準備中という有様だった。
「まだ始まるまでは時間あるみたいだね」
「うん。始まるのは七時からだから。先にその荷物、部屋に置いちゃおうよ」
年越し会の後はそのまま沙織の部屋に泊まることになっており、要はそのために必要な物を持ってきている。標準的な大きさのバッグであったが、何かを持たせたままというのも沙織にとっては耐えられなかった。
「そういえば、沙織の部屋に行くのはクリスマス以来?」
「外で遊んだり、そのまま要の部屋に行ったりとかばっかりだったもんね」
「ちょっと久々だから、楽しみだな」
そう言って微笑んだ要を、沙織も頬を緩ませて眺めていた。
部屋でゆっくり過ごした後に、再び二人は食堂へ向かった。
二時間前と比べると、やはり人は多かった。それでも、食堂を満席にするほどではない。帰省している寮生が多いせいでもあるのだろう。
きょろきょろと中を見回すと、ここで落ち合うことになっていた二人の女性を見つけた。その片方が、大きく手を振って呼び声を上げている。
「おーい、アイちゃーん、さおりーん!」
「ちょ、ちょっと声大きいってば……」
彩の目立つ声に沙織の方が恥ずかしくなってしまい、顔を赤くしながらその場所へ向かった。同じ机を囲んで語り合っていると、徐々に人も集まり賑やかになってくる。
「ねえねえ、さおりん。クリスマスの夜はどうだった?」
「どうって……普通だよ。ね、要?」
「そう、かなあ?」
その言葉にいち早く反応したのは彩だった。
「え、もしかして……何かあった?」
興味津々の微笑みを浮かべ、口元に手を当てている。
「だから、何もないってばー」
沙織は苦笑して手を振るが、本当に何もないとは言い切れないのが事実だった。一人になって気付かされた寂しさと、要への想いは沙織の胸に留まり続けている。
この数日間に相談してみようかとも思った。けれど、今日まで彩と悠希に接触する機会がなかったのだ。空いた時間はすべて要と会うことに注ぎ込んできたからである。
「んー、なーんか怪しいけど……まっ、二人がそう言うならそうなんだろうね」
彩は一人で納得して満足したようだった。
「ほら、寮監さんが来たわよ」
悠希の声に前方を向けば、マイクを手にした寮監が今まさに喋り始めようとしているところだった。
「はい、どーも皆さんこんばんは。今日は集まってくれてありがとねー」
大音量というわけでもないのに、やけに響く声だった。その陽気さが原因だろうか。
「えー、今日はこうしてささやかなパーティーを開催したわけだけども──どうよ、みんな。寮に残ってるのって、なんだか寂しくないかい?」
ほのかに生まれるざわめき。沙織が周囲を見渡すと、いくつかのテーブルで囁く集団の姿が見えた。
「いやいや、事情は人それぞれあるってのはわかってるよ。でも、これは気分的な問題さ。考えてみなよ。今ここにいない子たちは、きっと年末イベント満喫中のはずだよ。家族や親戚一同とわいわい騒いでたり、恋人と二人きりでお楽しみだったり……」
ざわめきの声は徐々に大きくなっていく。しかし、沙織は居心地の悪さを感じていなかった。この寮監が言うことが、言葉通りの意味しか含んでいないとは思えないからである。
それに、周囲の声もおおむね楽観的なものが多いようだった。それこそ「また寮監さんの演説が始まったよ」とか「今日も寮監節がきいてるね」などと含み笑いさえ混ざっている。
「でもね、今ここに集まった君たちはそれ以上の楽しさを味わえるんだよ。ほら、もう感付いてる子もいるんじゃない? このいい香りに、さ」
そこで寮監が食堂の隅へと目配せをした。それを合図にして、奥から料理が乗っているであろう大きめの容器が運ばれてくる。
「さあ、お待ちかねのディナータイムだよ。今日はあたしも料理作りに参加したんだ。ほっぺた落ちても知らないよ?」
テーブルに置かれた料理は、一同の期待を裏切らないものだった。運ばれてくる重箱を見ている時から誰もが想像していた通り、それはおせち料理だった。
「ちゃんと全部のテーブルに料理行った? 忘れられてるかわいそうな子はいない? それじゃあ──今日はたらふく食べて年越しだ!」
寮監が声高らかに開始の号令を掲げてから二時間後。
各テーブルに配膳された料理はほぼ完食されており、今は前方の一か所に回収してまとめられている。これ以降は希望者が食べたいだけ取るというビュッフェスタイルになるようだ。
「いやー、お腹いっぱい」
彩が満足そうに深く息をついた。
「そんなに食べて……まだこれからお蕎麦もあるのよ?」
「すぐ出てくるってわけじゃないでしょ? へーきへーき」
悠希の呆れた声にも彩は動じなかった。沙織たちが囲むテーブルに運ばれてきた料理の大半は彩の胃袋へと消えている。
「──さて、みんなお腹は膨れたかい?」
「もちろーん」
手を振る彩に、寮監は同じようにしてから続ける。
「それでは食後のお楽しみ、デザートのお出ましだよ」
先ほどと同じように目配せをする。しかし運ばれてくるのは料理ではなく甘味。小さな皿に乗ったそれはモンブランだった。頂点で輝くマロングラッセに、彩の視線は釘付けになっている。
「待ってました!」
目をきらめかせる彩の周りでは、悠希だけでなく要と沙織も苦笑を浮かべている。
「こうなってしまうと、もう私にも彩を止めることはできません」
諦めたように首を振る悠希の横では、既に彩が一口目を頬張っていた。
「彩ったら、さっきも栗きんとんいっぱい食べてたのに……」
「見てるだけでお腹いっぱいになるよね」
そう言いつつも、沙織と要は目の前にある洋菓子から目を離せないでいた。
「えっと、わたしたちもさっき結構食べちゃったけど……」
「甘い物は別腹だから、きっと大丈夫だよ」
「だよね。それに寮監さんも言ってたし。今日は楽しみなさいって」
「うん。それじゃあ──」
要の言葉に頷き、沙織はモンブランにフォークを突き刺した。




