十二月十七日 年末の予定とそれぞれの物語
今年も残すところ二週間。季節はすっかり冬なのだが、雪が降るほどではない。むしろ快晴が続くような、そんなある日のことである。
年の瀬が迫っているが、今日も変わらず五人は放課後の図書館、奥の部屋に集まっていた。最近では週に二回ほど、こうして集まりを設けている。
そこで話題に上るのは、やはり季節的な事柄だった。
「ねえねえ、みんなはクリスマスに予定あるの?」
この時期になると、どこにでも出てくるそんな決まり文句を言い出したのは彩だった。ウェーブのかかった髪を揺らしながら、他の四人に視線を送っている。
そんな彩に顔を向けながら、それぞれが違う反応を見せる。
「いや、別に」
「ないねー」
ほとんど同時に答えたのは要と沙織だった。それだけでなく、二人合わせて一つになるような返事。そのことに気付いたのか、互いに顔を合わせてはにかんでいる。
「そっかー。あたし達も特にないんだよね」
「それでも構わないじゃない。がやがや騒ぐのは私には合わないわ」
そう言って小さく首を振ったのは悠希だった。気落ちしたような彩の肩に手を置いてなだめている。
「あ、私はあるよ。実家に帰って、そのまま年も越してきちゃうつもり」
そう答えた秋奈へ向けて、一斉に視線が集まる。
「いいなー秋奈。せいぜい楽しんできたらいいよ」
まず沙織のどこかそっけないような声。
「そっか。冬休み、寂しくなるね」
次に要の物憂げな声。
「わー、ナギさんリア充だ! おみやげ待ってるから!」
そして彩の陽気な声。
「寒い季節ですから、どうか体調には気を付けてくださいね」
最後に悠希の落ち着いた声。
「……うん。とりあえず、みんなありがとう」
多種多様な言葉に、秋奈もどう反応していいものか迷っている様子だった。
「よーし、こうなったら負けてられないね!」
椅子から立ち上がりそうな勢いで彩が張り切っていた。
「誰に負けるっていうの?」
悠希が訊ねるが、それに対する答えは返ってこない。
「あたし達も予定作ろう! ってか何かしよう!」
唐突な彩の発案に、誰もがきょとんとした表情になる。
「何かって?」
沙織が首を傾げるのも当然だった。
「そりゃー……えっと」
言い出した本人も考えていなかったらしい。考えあぐねた様子で隣に座る長髪の女性に視線を送っている。
「そうね、クリスマスだし、パーティーなんてどうかしら」
その期待に答え、悠希はそう提案した。
「いいね! それもーらいっと」
陽気な彩だが、横では悠希が神妙な顔つきをしている。
「でも、薙坂さんは……」
「あ、私のことは気にしないでください」
その理由を察知してか、秋奈は遠慮するように手を振った。
「そうそう。ナギさんはナギさんでお楽しみが待ってるもんねー」
「えっ、秋奈のお楽しみって何?」
沙織が彩の言葉に乗って、秋奈に詰め寄っている。
「何って、実家でゴロゴロすることに決まってるじゃない」
秋奈はあっけらかんと答えた。少なくとも沙織にはそう映ったらしく、口を尖らせて呟く。
「ふーん。それでおせちとかいっぱい食べてくるわけね……太るよ」
「何か言った?」
「ううん、別に」
沙織は秋奈から視線を逸らした。そんな中で彩が悠希に囁く。
「ほほう、ナギさん見事にかわしたねえ」
「どうやら、まだ麻生さんにも詳しいことは話せていないみたいね」
他の声に紛れ、彩と悠希の会話は誰にも聞かれることがなかった。それを証明するように、秋奈は沙織に顔を向けたままである。
「沙織だって、私がいないからって泣いちゃダメだよ?」
「なっ! 別に泣いたりしないもん!」
「そうかなー? 前に寂しくて要さんに泣きついてたのは誰だったかなー?」
「それは、その」
沙織は頬を薄く染めながら、横目で要に視線を送っている。要はそれに気付いた様子だったが、微笑を返すだけだった。
「だいじょーぶ! さおりんにはあたしたちがついてるもん」
そんな沙織の困惑を知ってか知らずか、彩が間に入ってきた。
「でも、ホントはアイちゃんが一番なんだろうけどね」
「私が?」
突然話を振られた要は、眼鏡の奥で目を丸くした。そのまま移された視線は沙織と交わり、再び絡み合う。
「そうだよー。だってアイちゃんはさおりんと一番仲良しじゃん。ね、ナギさん?」
「だね。いつだったか、退屈してた沙織に要さんの名前を出したら途端に元気になったことがあってね──」
「ストーップそこまで! わたしの話なのにわたしをのけ者にするの禁止!」
沙織が秋奈の口を塞いだ。体を張った静止に、秋奈は一方的に抑えつけられる。
「あはは、さおりんは本当にアイちゃんにぞっこんだね」
彩の茶化す声。沙織に向けられたものだったが、要にもその効果はあったようだ。端の席で、要は人知れず俯いている。
「でさ、パーティーって何するの?」
秋奈を制し終えた沙織が彩に向き直った。
「んー、そうだなあ……やっぱりケーキは必要だよね」
「ケーキ! それはもしかして、彩が作るの?」
「そうなるね。言い出しっぺはあたしみたいなもんだし」
「では、私も紅茶でお手伝いをしようかしら」
悠希も乗ってきた。いよいよ話が現実味を帯び始める。
「いいね、それ!」
「だんだんクリスマスらしくなってきたわね。そうすると場所は……」
「寮のあたしたちの部屋でやろっか。そうした方が色々とやりやすいだろうし」
「そうね。私もそれで構わないわよ」
そう言って要と沙織を見る二人。参加の意思を確認しているのだろう。
「では、お言葉に甘えて」
「絶対に行きます!」
これまた二人で一つの答えを返したのだった。
しばらくして、悠希と彩は委員会の仕事があるらしく部屋を出ていった。
「腕によりをかけるつもりだから、パーティー楽しみにしててね!」
去り際に彩はそんなことを言っていた。残された三人で手を振って送り出す。
扉が閉まる音をきっかけとして、一瞬の静寂が訪れた。話の種を探している要と沙織の横で、秋奈が立ち上がる。
「さて……ちょっと本でも探してこようかな」
独り言にしては目立つ声での宣言だった。
「それじゃ、ごゆっくり」
あっという間に秋奈の姿は扉の向こうに消えてしまった。その横顔にいたずらな微笑みが張り付いていたのを二人は見抜けたのだろうか。
「秋奈……どうしたんだろ」
「そんなに読みたい本なのかな」
「あ、そうかも。秋奈って結構本読むの好きだから」
どうやら、その真意は二人に伝わらなかったようである。
まだ下校時間には早いので、そのまま要と沙織は会話を始めた。その中で、先ほども持ち上げられた話題が再び顔を出す。
「でも沙織、秋奈さんが実家に帰っちゃうと一人でしょ?」
「そうなるね」
「本当に寂しくない?」
「……少しは」
感情の一端を吐露した沙織は困ったような表情を見せる。
「もし寂しかったら、私ならいつでも行くからね」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。さっきも言ってたように彩と泉沢先輩がいるし、要にばっかり頼って迷惑かけられないし」
「別に、迷惑なんかじゃないんだけどな」
「そう、なの?」
「……うん」
そうして今日何度目かもわからない微笑みの交換をする二人。
「じゃあ……やっぱり要に来てほしいな」
「もちろんいいよ。沙織だって、いつでも私の部屋に来てくれていいからね」
「うん!」
役者と背景は揃った。
それぞれの思い描く理想を秘めて、今ここに三つの物語が始まる。




