一体目を討伐
「琴葉、一度下がれ!」
我に返った朝美が、興味津々に近づこうとしていた琴葉を呼び戻す。
のぞみはまだ恐怖で口をパクパクしており、冷静に指示を出せない状態だと悟ると、アス老人が代わりに口を開く。
「応援を呼ぶか、わしらだけでやるか・・・・・・あるいは撤退するか、どうしたもんかのぅ」
そう呟くと、のぞみが指揮官としてようやく自覚を取り戻す。
「あまりにも危険です。人を呼べば、それだけ被害も大きくなる。ボクらで対応しましょう!」
かろうじて指示を絞り出すが、なんら具体的な策は出てこない。
そうこうしているうちに、オーク達がしゃべり出す。
「グヘヘヘヘ、オンナ、オンナ・・・・・・」
「ああ、人間のメスの臭いだ」
そう言って、こちらを見る。
「おおぉ~。喋ったよ。人間の言葉を喋ったよ、朝美ちゃん。ね、ね、聞いた?」
琴葉だけは大喜びだ。
「うっせえな。わかってるよ!ちょっと、黙れ」
そう言って、首根っこを捕まえると、横に引っ張ってくる。
大きな石斧を担いでいるオークの方が知能が高いのか、言葉が流暢だ。
しばし、沈黙が生じたが、槍を持ったオークの方が、一歩近づく。
「ヘヘ、オンナダァ」
イノシシと豚の中間みたいな顔をだらしなく緩ませ、下品にもよだれを垂れ流す。
二メートル近い巨体と発達した筋肉が恐怖以外の何物でもない。
捕まったら終わりだというのは想像に難くない。
「わたしに策がある。任せて! 致命的な隙を作るから、のぞみちゃんは水を用意しておいて」
そう言って、琴葉が武器を全てテラガルドに渡すと、無防備にオークに近づいていく。
「あっ、ちょっと、琴葉・・・・・・」
朝美が止めようとするが、琴葉はもうオークに向かって歩き出す。
のぞみは真顔でバッグを前に抱え、たっぷりと入った水がいつでも取り出せるようにする。
無論、バッグの中身は気取られない配慮は忘れない。
「朝美ちゃん、ここは琴葉ちゃんを信用しよう。朝美ちゃんは後ろのオークに注意しておいて。いい?解禁だよ?」
そういって、琴葉を見守る。
朝美はのぞみの方を向かずに頷き、琴葉の後ろ姿を見守る。
風の魔法を全身に纏い、動きを解放する準備、相手に向けて突風を放つ準備をし、見守る。
後ろのアス老人とテラガルドも臨戦態勢に入ったのだろう。
覚悟と緊張が伝わる。
「うっふーん。オークさぁん♪ こっちよぉ。いらっしゃ~い♪」
なにやら、クネクネした動きをし始め、わけのわからないポーズを琴葉は取り始める。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
オークですら固まっている。
朝美は色んな意味で恥ずかしくて見ていられず、目を伏せる。
そんな場の空気が読めていない琴葉は続ける。
「ほらぁ。美少女がここにいるわぁ。どぉ?」
といって、本人だけがセクシーだと思っているであろうポーズを繰り返しながら近づいている。
(なんか、エムエールでみた漫画のキャラクターで「ペイペイおやじ」ってのを思い出したぜ。なんか、あの踊りに似ているな)
朝美は伏し目がちに琴葉を見て思うのだった。
のぞみは、真剣な顔をして、朝美に小声で話しかける。
(あれって、小説で読んだ、「ふしぎなおどり」かな。敵の魔法を封じたり、動きをとめるっていう・・・・・・)
天然にも程があるが、のぞみは大真面目に言うのだった。
(どうしよう。あの馬鹿と同じ仲間だと思われたくねぇ。オークにすら誤解されたくねぇよ)
と朝美は恥ずかしくてうつむいた顔を上げられず、とりあえず、のぞみに答える。
(ち、違うと思うぜ。まぁ、相手は固まってるけど)
やや前に踏み出していた槍を持ったオークは色んな意味で思考停止になっている。
「どうしたのぉ? 遠慮しないで、襲ってきて良いのよぉん。あっはん♪」
といって、ない胸を寄せて前屈みになっている琴葉を誰も見ようとしない。
「オレ、メガネノオッパイガイイ。オマエムネナイ」
槍を持ったオークがそう言って、のぞみを指さす。
直後、瞬間湯沸かし器のように怒りが沸点に達した琴葉が、一直線に槍を持ったオークに突撃する。
身長差を考えると、ギリギリ届くかどうかという微妙な距離だが、胸ぐらを掴むと、
「ブタが何ワガママぬかしとんじゃぁ! こっちは身体張ってサービスしたんだからね!」
と言ったかと思うと、
「きゃーんぷっふぁいあー」
と言ってオークを発火させる。
本来は一瞬で消し炭になるくらい強力な火力なのだが、数秒はもがくところが、魔族の強靱さなのだろう。
それでも、反撃を許すことなく、燃え、すぐに宝石へと変化していった。
奥に控えていたオークはあまりに意外だったのだろう、すぐに警戒して石斧を構える。
朝美は、その場で泣きじゃくる琴葉をなだめ、一度手前に引きずってくる。
「朝美ちゃん、わたし、恥ずかしいのガマンして、隙を作ろうとがんばったのに・・・・・・」
と言ってるが、恥ずかしいの種類が本人と周りで違うことは指摘しないでおく。
「やっぱり、胸なのかなぁ? おっぱいってそんなに大事かなぁ? うえぇぇん」
と言って、なおも泣くが、指名されたのぞみは慰めるわけにはいかない。
のぞみの視線を感じて、朝美が結局慰める。
「い、いや、そんなことはねぇよ。あー、ほら、アレだ。オークの世界では、美の感覚がちげぇんだよ! そ、そうだよ! だって、ブタだぜ?」
と言って、残されたオークを指さす。
ようやく泣き止んだが、ショックは大きいようだった。
(性欲のかたまりとされているオークに、性の対象に見られないって、ある意味可哀想だな)
そう心で思う朝美であったが、口には出さない。
何はともあれ、一体片付けることができたのだ。
そして、火の魔法で焼き殺すことが可能だと証明できたのは大きい。
一番は、皆の緊張が解け、心にゆとりができたことであろう。




