アムーファ村
陽もだいぶ西に傾き変えていたが、黒騎士は単独でプルミエ国内を南下していた。
供回りのものもつけず、徒歩にてプルミエ領内を移動する。
人と接すればするほど、自身の素性を知るものが増えてしまう。
ちょっとした仕草や癖などの情報すらも与えたくなかったため、固定の人間は最小限とする。
見た目ほど鎧兜は重くないのだが、それでも二十キロはある。
手に持つも十キロは超えるので、旅をするにはそれなりの重量であることは間違いない。
そういったこともあり、馬の負担を考え、徒歩での移動を選んだのだ。
途中休憩を挟んだのと、全く遮蔽物もない平野にもかかわらず、一度魔獣の襲撃があったこともあり、目的地のアムーファ村についたのは夜の二十二時少し前だった。
アムーファ村はプルミエ国南部の村で、川沿いにあり、村とは思えないほど発展している。
ビーゼスとの交易で栄え、キャラバン、市場が活況だ。
また、農業、採取、牧畜も行い、シーハーフとの国境管理をしていることもあって、まとまった兵の駐屯地にも立っている。
さらに、織物などの手工芸も発展し、酒造も存在する
水のあるところはやはり人が集まり、文化が栄えるというのは古今東西変わらないことである。
村の入り口で、衛兵に声をかけ、通行証を見せる。
「これは、ビーゼスの黒騎士宰相! かような夜半に単独で起こしになられるとは・・・・・・仰って頂ければお迎えに上がりましたのに」
と平身低頭で迎え入れられたのだった。
今日が蒼月、紅月ともに半分以上が欠けず、比較的明るい夜であったため、闇夜に溶け込む黒騎士の姿が少し前から視認できていたようだ。
すぐに、奥からぞろぞろと人が現れた。
宿屋に泊まりたかったのであるが、出迎えに来た兵長の顔もあり、案内された駐屯地へと行く。
すぐに個室を用意して頂き、食事が運ばれる。
黒騎士としては、個室での食事がありがたい。
大勢での食事は、実際は政治、社交の場でもある。
兜を取ることをしないということがわかっているため、必然とこういった食事になるのだが、煩わしさを回避できるため、こういったときは兜に感謝しかなかった。
食事を下げに来た侍従とともに、村長とおぼしき人物が挨拶に来る。
おそらくはもう寝ていたのだろう。
顔が半分くらい寝ぼけ眼になっているのが申し訳ない。
夜遅くの到着の非礼を詫び、お詫びと滞在費もかねて、途中で倒した魔獣の宝石を渡す。
固辞していたが、気持ちであり、実際に世話をしてくれた侍従や案内をした兵に渡してくれと言うと、最後は渋々受け取ってくれた。
さすがに、上前をはねることはすまい。
シーハーフへ向かう途中の立ち寄りだということを告げ、今日はもう遅いので、明日改めてと言うことになり、お開きとなった。
半日とはいえ、疲労はそれなりにあったので、ベッドに腰をかけて休むも、鎧兜は外さない。
座ったまま朝まで休息をとり、侍従のノックとともに起きる。
「昨夜はゆっくりお休みになられましたでしょうか」
起こしに来てくれた侍従は、声がやや震え、緊張しているように見えたのだが、この容姿では仕方のないこと。
丁寧にお礼を述べ、チップを渡す。
そのまま荷物を全て持ち、駐屯地の会議室に赴くと、村長始め、兵長や村の有力者が顔を揃えていた。
皆が怯えたように戦々恐々としており、緊張感が伝わる。
大げさには感じるが、他国の宰相が来訪しているのである。
当然と言えば当然だろう。
先ほど、ビーゼスからの早馬が到着し、黒騎士の来訪があるかも知れないので、その際は対応をよろしくとの連絡があったようだ。
途中、魔獣に一度襲われ、連絡が遅れたことを詫びていたが、命が助かったのだ。
些細なことである。
結果として、連絡は半日遅れとなったわけだが、しっかりと対応してもらったわけで、何の問題もないことを伝え、使者を労う。
帰路でビーゼスに連絡したいことがあるので、しばし待ってくれとだけ伝え、待機してもらう。
村の者には、昨夜の夜遅い到着を詫び、夜半にもかかわらず、対応してもらったことの礼を述べ、頭を下げる。
この三年のドルディッヒ王の対応と比較されたのかも知れないが、皆が一様に黒騎士の対応に驚き、恐縮する。
順に挨拶、自己紹介を済ませ、本日中にシーハーフへと入国する旨を伝えると、
「キャラバンがあるので、ビーゼス経由で西回りでシーハーフを目指した方が早いですし、楽ですよ」
という提案をうけたのだが、黒騎士としては百も承知だ。
それでも、この村を訪れ、東回りを選んだのは、まだこのルートを通ったことがなかったからと、シーハーフの北東側も見てみたかったからに他ならない。
その希望を伝えると、本来はない経路だが、シーハーフに許可を取って、指定経路では入れるようにキャラバンを組んで貰えるようになった。
待機していた早馬の伝令にその旨をビーゼスに戻った第一王子に伝えるようにお願いすると、すみやかに出て行ったのだった。
「連絡が前後すると、国境を越えるがゆえに問題になりかねないこともあるのと、若干準備に時間がかかるので、午後まで村の中を散策してお待ちください」
とのことだったので、丁重にお願いして、村を散策することになった。
住民に余計な不安や混乱を与えたくないとのことで、村長、駐屯兵と幾人かの供回りを引き連れての散策となったのが非常に残念だったのだが、これは致し方ないことだと諦めた。
鎧兜がなければ市場での食べ歩きがしたいのだが、と愚痴をこぼすと、発想が庶民的だったのか、同行した者は一様に驚き、自然と会話に笑みが生まれるようになったのだ。
その後の散策は大変楽しいものとなり、三時間はあっという間に過ぎた。
最後は冗談も飛ばすようになり、すっかり、変なイメージは払拭できたようだった。
(鎧兜の色が「黒」というのがイメージが悪かったのかもしれんな)
と黒騎士は考えていた。
カンナグァ連邦の支給品がシルバーであり、白というのもキザったらしい。
自身が一番好きな色でもある黒が皮肉もこもっていて良いと比較的安直に決めたのがまずかったのかも知れないと自嘲していた。
本当は観光で訪れたかったのだが、今回はシーハーフへの会議の報告という任務がある。
侵攻も一ヶ月以内に予定されており、九月一日を目標にしているため、時間を無駄にするわけにも行かない。
無理を言って、道中どこに寄ることなく、直行してもらうことにしたのである。
数日間、荷馬車生活となるが、その方が黒騎士にとっても余計な歓待を受けなくて済む分、楽ではあった。
村長含め、歓待してくれた方々に改めて感謝の意を伝え、別れを告げると、馬車に乗り込む。
橋を渡って、穀倉地帯を抜けるため、道が狭く、必然的に馬車も細身のもので狭かったが、護衛と予備もかねて、三台編成となっていた。
結局、出発は三時前にはできたが、今日は国境手前の橋付近で野営となりそうだった。
いつか、また訪れたいと思った村であった。




