ひまわりの庭園
会議場を出て、王宮の中庭あたりまで来ると、後ろにアインハイツ将軍が見えた。
見送りとして現れたのだろう。
既に他国は出立しており、ビーゼスが最後の一団である。
「挨拶をした後、このままシーハーフに立ち寄ってから帰国いたしますので、ここで失礼させて頂く」
そう言って、黒騎士は王と王子達に一礼し、アインハイツの方へと歩いて行くのだった。
中庭を散策しながら、アインハイツは現状を説明する。
二つの近衛兵団が同行することになったこと、可動兵力、兵科、国内の動向、物資などを伝えていく。
対して、黒騎士は今回の会議でのことも触れず、情報は一方的である。
「他の国の準備もある。侵攻開始は九月上旬となるだろう。それまでに軍の掌握に努め、少なくとも五百以上の兵を指揮により動員できるようにしておけ。指示は追って出す。近衛兵団についてはそのままにすると良い。支障はない」
そう言って、一通りの話が済むと、
「ところで、前回までいた部隊長はどうした? 今日は会議に姿が見えなかったが?」
思い出したように黒騎士は尋ねる。
アインハイツ将軍は軽く笑って、
「ああ、シブラー隊長のことですな。そういえば、話しておりませんでしたなぁ。侵攻直前の哨戒業務の際にMIAとなりましてな。おそらくは森で命を落としたものと思われます」
すっかり忘れてたといった顔であっさりと言う。
黒騎士はやや黙り、その沈黙の意図するところがわからなかったアインハイツ将軍は尋ねる。
「シブラー隊長が何か? これは重要なことでしたか?」
しかし、黒騎士も、本当にたいしたことではなかったようで、
「いや、たいしたことではない。小狡そうな男だったんでな。あっけない死に方をしたもんだとちょっと驚いただけだ」
そういって、庭園のひまわりをみる。
兜をかぶっており、表情は全く見えなかったが、心底笑顔になっているかのような印象を受けた。
ひまわりをみている黒騎士から初めて警戒心が解けたような雰囲気を感じ、アインハイツは驚く。
すぐに我に返り、報告を続ける。
「なんでも諜報活動中にホルツホックの少女を発見し、三人で追跡したが、戻らなかったと。待機していた二人の報告ではそうなっていたはずです。無論、私は何もしておりません」
「ホルツホックの少女、か」
黒騎士は特に感情なく、繰り返すように呟く。
「なんでも、背の低い眼鏡をかけた少女で、青いハンチング帽をかぶっていたそうです。年齢に不釣り合いな巨乳だったようで、それで追っかけていったんじゃないかって兵士が笑っておりました。大方、追跡中に魔獣に襲われたか、罠にでもかかったんだろうという見方がなされています」
黒騎士はアインハイツ将軍の説明に思うところがあったのか、再び沈黙する。
(青いハンチング帽、巨乳、眼鏡、背が低い、少女・・・・・・まさか、な)
アインハイツ将軍は、黒騎士の反応を伺うように横目で見ているが、兜によって全く表情はわからない。
(いや、ありえる。そう考えると、歴史的敗北についても十分に納得がいくし、色々と合点がいく)
黒騎士は一通りの思案の後、納得がいったのか、兜の中で一人微笑む。
「ああ、失礼。ひまわりに見とれていたよ。良い庭園だ」
アインハイツ将軍はホッとし、沈黙に納得する。
さきほど、ひまわりの方を向いていた黒騎士の様子含め、アインハイツ将軍の中で繋がるものがあったからであろう。
「花はお好きですか?」
とアインハイツ将軍は聞き、黒騎士は素直に肯定する。
事実、黒騎士は花などの植物は好きであった。
特に、梅の花は気に入っており、毎年二月になるのを楽しみにしていたのだ。
庭園から見える王宮の廊下を一人の兵が歩いているのを遠目で確認し、視線を向ける。
黒騎士の視線に気付いたアインハイツ将軍は、視線の先にある兵を見て、情報を与える。
「あのものが二人の近衛兵団団長の一人、エルドスです。此度の侵攻で同伴すると言い出したヤツで、その言を受け、もう一人のアールッシュという異邦人も対抗するように参戦を表明したのです」
アインハイツ将軍は、全く余計なことをしてくれたものだ、と言わんばかりの勢いで言うが、黒騎士は聞き流す。
エルドスは遠目に黒騎士を視認すると、歩みを止め、一度礼をして、再び歩き出す。
しばし、庭園を散策するも、その後に特に重要な話などはなく、会議の内容についてなどは一切触れないまま一時間が過ぎた。
アインハイツ将軍としてはもどかしい時間となったが、切り出すのも憚られ、何となくタイミングを逃した形となる。
それを察したのか、去り際になって、黒騎士は一言だけ呟くようにアインハイツ将軍に向けていう。
「必要なことがあれば、必ず伝える。今日は褐色の異邦人の目があったので、途中からは他愛のない話になったがな。私を信じろ」
辛うじて聞こえる程度の声でそう呟いたため、アインハイツ将軍は幻聴かと思ったほどだ。
なるべく態度を変えず、静かに視線を全体に行き渡らせ、ようやくその端にアールッシュの姿を捉える。
あろうことか、庭園士の格好をし、本来の庭師に混じって作業をしている。
かなりの近距離にいることに今の今まで気付かなかった。
将軍という地位がそうさせたのだろう。
元々庭園に興味がないということもあったが、庭師などは眼中にない。
褐色という本来であればかなりの特徴も完全に見落とすほどに、無関心という意識外になっていたのだった。
思えば、ちょうどエルドスが通りかかる頃から、黒騎士は花の話をし、いつになく饒舌だった気がする。
気付いていないアインハイツ将軍からの発言を遮るかのように、話題の提供に努力したことが思い起こさせる。
アインハイツは小一時間ほど全く気付かなかった自分を恥じ、アールッシュに自分が警戒されていることを知る。
ひまわりの庭園の出口で黒騎士に別れを告げると、その足で、アールッシュのもとへと足を向ける。
「アールッシュ団長、これは何のマネですかな? 国賓の黒騎士殿に対して失礼であろう」
そう言って、表面上はにこやかにアールッシュににじり寄る。
「何の真似と申されても、今日は午後から非番です。趣味の庭いじりを庭師の方とともにしていただけ。それの何が問題なのでしょうか」
と惚ける。
あくまでも、聞き耳を立てたりなどはしていないということを言いたいのであろう。
アインハイツはこれ以上は無駄だと悟ったのか、フンっと鼻をならすと、背中を向けて去って行ったのだった。
アールッシュが警戒したのは、黒騎士ではなく、アインハイツ将軍である。
プルミエ国単独でのカンナグァ侵攻が難しいということは軍を統括するアインハイツ将軍であればわかることである。
王の意向があったとしても、主戦論を強引に推し進めている気がしてならず、そこに策謀のようなものを感じていたからだ。
アールッシュのその勘は正しい。
しかし、近衛兵団はただでさえ、王宮内のことしか把握できない。
管轄外の情報を入手できる立場にないのだ。
それだけでなく、アールッシュのその褐色の肌が、さらに情報の出入りを阻む。
王の幼馴染みというだけで近衛兵団団長となっているアールッシュに独自の情報網はなく、その肌の色による偏見ゆえに孤立しており、単独で動く以外の手法を持たないのだ。
アインハイツ将軍も頭では理解しているのだが、それでも「王と幼馴染み」ということがどうしても無視できない。
ドルディッヒとアールッシュの強い絆があり、アールッシュの意見を王が尊重した場合を危惧しているのだった。
ゆえに、実際に策謀を行なっているアインハイツ将軍としては、要注意人物であると認定されたのだった。




