会議室からの退室
残されたのはヴィータ国王バイゲンとビーゼスの面々である。
「御同意感謝します。多量の派兵によって、貴国の防御が薄くなりますが、我々がしっかりとお守りしますのでご安心ください。騎馬をお送りすることによって、弓騎兵が強化され、弓兵を主体とする兵もより精強となりましょう。必要とあらば、乗馬技術も伝授いたしますので、何なりとお申し出ください」
そう言って、補償の確約を再度伝える。
バイゼルは、不平等だった条件が、逆にヴィータに有利になった気がして、逆に問う。
「騎馬500は喉から手が出るほど良い条件。かえって、貴国に不利ではないですかな?」
黒騎士は、首を静かに横に振り、
「いえ。正直に申せば、これでも貴国が一番不利な条件と考えております。理由としては、ホルツホックの森、および戦場にあります。バイゼル殿がお考えになっているよりもホルツホックの森は甘くありません。抜けるときもそうですが、帰るときはさらに過酷です。二千派兵したら、戦場に到達するまでに二百、帰りは三百は失いましょう。戦場も無傷と言えません。退却の名分が立つまでは離脱するわけにも行きますまい。合計千の被害が出てもおかしくはないでしょう。騎馬500は我々が出せる限界です。それで誠意を見せたまで」
そこまで言うと、両者に沈黙が訪れる。
バイゼルは、自分が想像していたよりも被害の想定が大きかったのであろう。
しかし、具体的な兵数は明言しなかったとはいえ、会議で同意した後である。
覆すわけにはいかない。
「なるほどのう・・・・・・これは貧乏くじを引かされたかも知れぬなぁ。インゼルの奴め」
そう言って、真っ白な長いあごひげを上から下になぞる。
白く太い眉毛を釣り上げ、細い眼を見開くように大きくすると、黒騎士をみる。
「黒騎士宰相、お主の見立てでは、此度の戦の勝敗はどうみる」
黒騎士は間をおかず、回答する。
「十中八九、敗戦するでしょう。しかし、その敗戦で得られるものも大きい。インゼル王が言うように、そもそも止められないというのがありますが、やる価値は大きいと考えております」
「ほう。そのこころはなんじゃ」
バイゼルは侵攻によるメリットを聞く。
「一つは、インゼル王が言うように、オージュス連合の威信です。これはカンナグァ連邦に対してだけではありません。バラン王国に対してもオージュス連合が軽んじられるわけにいきません。歴史的大敗の後、何もしないのは威信に関わる。負けるにしても、善戦して負けたい。二つめは、ドルディッヒ王に今回の敗戦を通じて学んでいただきたいことが大きいからです。プルミエ国はカンナグァと国境を接し、最重要前線国です。今後もその役割を担っていただくためには、今は学ぶときです。最後に情報です。カンナグァ連邦の情報が得られるのは非常に有意義と感じます。これは本格的な侵攻でないと得られないものです」
そこまで言うと、バイゼルは返す言葉もないのか、「あい、わかった」とだけ言い、深いため息をつく。
しばしの沈黙の後、黒騎士が追い打ちをかける。
「我々としては、オージュス連合内のことよりは、全体を考えております。先にシーハーフへ軽装騎兵を派兵すると申しましたが、これはバラン王国への牽制を考えてのこと。この侵攻に乗じてバラン王国が攻め込んでくるようなことがあっては、オージュス連合全体の危機につながります。それゆえ、威信というものを重視し、善戦して敗北するのがマシと考えました。インゼル殿も私心はあるやもしれませんが、決定そのものは尤もかと考えております。どうか、全体をご覧頂き、ご判断を」
そう言って、頭を下げる。
全体と言われるとバイゼルは黙るしかない。
自国の損得だけ考え、全体のことを蔑ろにするわけにはいかない。
「仕方あるまい。インゼルめ。以前より野心めいたものは感じておったし、尊大な態度を取る男じゃったが、若造と思って見逃していたのが間違いじゃった。ガラにもない猿芝居をしおってからに」
そう言って、舌打ちをするが、覚悟は決まったのだろう。
インゼルも若造というような年齢では決してないのだが、老齢のバイゼル王からすると、まだまだ若造なのだろう。
「猿芝居という点では、わしもインゼル殿に乗ったわけじゃから、何も言えん」
そう言って、深々とエデュケール王は頭を下げるも、バイゼル王の不満、不信はインゼル王にのみ向いているようだった。




