プルミエ国の侵攻準備
一方、侵略を企てるプルミエ国内では、準備に時間がかかっていた。
統一歴九九八年七月の大敗を喫した後、オージュス連合において臨時会議が開かれたためである。
議題は「先の敗戦と、今後について」である。
臨時会議招集の折、プルミエ国では、事前に話し合いが行なわれていた。
「どういうことだ。なんで今更会議なんかが必要だってんだ。去年、カンナグァ連邦に侵攻することはすでに承認したじゃねぇか! 今になって、敗戦と今後についての話なんか、必要ねぇだろ。ああ? そうだろ、アールッシュ?」
片手に女性を抱き、もう片手にはこれから会議だというにもかかわらず酒杯が握られている。
まだ若き王、ドルディッヒの前には重鎮達は揃っておらず、近衛兵団長のアールッシュと一部の内政官しかいない。
一人だけ明らかに肌の色の異なるアールッシュと呼ばれた男はこの国に二つある王直属の近衛兵団団長である。
幼い頃、遺児として引き取られ、ドルディッヒの遊び相手でもあったのだが、異邦人で差別、偏見が多くあった中で、唯一そういったもの関係なく接し、近衛兵団長まで抜擢してくれたドルディッヒに終生の忠誠を誓っている。
もともと近衛兵団は一つであり、代々国に仕えてきた家系から輩出されてきた。
それがエルドスであり、もう一つの近衛兵団長である。
そのエルドスが、気心の知れた幼き頃からの友人であるアールッシュの忠誠心と能力を評価し、一代限りの近衛兵団としてもう一つ創設することを提言、先代王に承認してもらったのだった。
それゆえ、この国には王直属の近衛兵団が二つあることになる。
アールッシュはドルディッヒ王の問いに対して、真面目に対応する。
「私には真意はわかりかねます」
ドルディッヒ王は、苛立ちを募らせ、一気に杯を飲み干す。
王の間の雰囲気は悪く、皆に沈黙が訪れる。
そんななか、定刻に近づくにつれ、続々と集まってくる。
内政官に軍の指揮官が集まり、最終的に軍の最高指揮官であるアインハイツ将軍が現れ、主立ったメンツが揃う。
議事進行を務める内政官が、本日の議題について述べる。
「本日は、オージュス連合国からの臨時会議の招集について皆様の御意見を頂きたくお集まりいただきました。今後の我が国の方針も踏まえ、忌憚ない御意見をお願いします。なお、臨時会議の招集目的は、先の我が国の敗戦と今後についてと伺っております」
一通り、会議の目的を話すと、再び王の間が沈黙を包み、一同は下を向き、横目で王の方向を見る。
王は興味なさげに膝の上に載せた女性の胸をまさぐっており、発言する気も失せているようだ。
次いで視線を浴びたアインハイツがコホンという咳払いとともに発言する。
「各国の王たちがどのような発言をするのかは想像しかねます。ただ、我が国としては、今までの侵攻は全て作戦通りのこと。敗戦も・・・・・・想定していたよりもやや被害は大きかったですが、予めわかっていたことです。ここまでは何の問題もございません。そして、来月、八月の初旬には王自らが侵攻し、ホルツホックを抜け、フラハー国を打ち砕くことが決定しております。これは決定事項。各国の王がなんと言おうと決まったこと。もし、会議で異論が出た際は、私、アインハイツがはっきりと申し上げましょう」
強気な発言をしたということよりも、この場の雰囲気を打開するように発言してくれたこと自体に安堵の息が漏れる。
軍の指揮官たちからは、散発的に拍手が送られる。
アインハイツ将軍の言葉に対し、どう王が反応するかを皆が中止するところなのだが、膝の上の女性が半裸になっており、目のやり場に困ったせいでまた沈黙が支配する。
結局、再びアインハイツに視線が集まることになる。
「敗戦したことで、私に対し不安を覚えるものもおろう。それは重々承知している。しかし、先にも述べたように敗戦は侵攻前から決まっていたこと。実際に、今、私は生還してここにいる。これこそが勝利である証だ。用意周到に侵攻し、フラハーの戦力はもはや丸裸だ。兵科、兵数、戦場の平原の地形、そして拠点の距離、手に取るようにわかっている。負ける要素がないのだ」
そこまで言うと、興味なく女性に興じていた王が急に立ち上がり、声を張り上げる。
抱いていた女性は振り落とされ、ほぼ全裸で床に放り出されることになった。
「おう!アインハイツ将軍のいうとおりだ。あとは王である俺様がフラハーを蹂躙し、オージュス連合のジジイどもに偉大さを認めさせるだけだ。」
そういって、右の拳を突き上げると、飲み過ぎたのか、フラフラと玉座に座り込む。
本来であれば、場に列席はしているが、通常立哨業務として入るだけに発言することは決してないエルドスが発言する。
「今回はドルディッヒ王の威信、ひいてはプルミエ国の威厳にも関わることである。国を挙げての侵攻であることは言うまでもないことであるが、我が近衛兵団もカンナグァ侵攻に帯同し、この王の間同様に、王の身辺警護を担うことを提案したい」
アインハイツとしては、かなり予想外の出来事であった。
近衛兵などは、形上の訓練は行なうが、実際は王宮でただ経っているだけのお飾りである。
実際の軍事活動には加わることはない。
それゆえ、こういった会議で同席することはあったとしても、発言することはおろか、実務に関わってくることはないのだ。
近衛兵団が軍に帯同することが果たしてメリットになるのか、デメリットになるかを必死に考える。
王の暗殺はしにくくなるが、王直属部隊である。
最終的に、国を乗っ取った際に、王の息のかかっていた連中がいると何かにつけて弊害が出る可能性がある。
であれば、戦場でまとめて消えてもらった方が都合が良いのかも知れない。
アインハイツは色々と計算をするが、決めかねていた。
すると、エルドスの発言に感化されたのか、アールッシュまでもが発言をする。
「ならば、我々の近衛兵団も帯同しよう。王を守るのが近衛兵団の役割だ。王のいない宮殿に居場所はない」
そういって、一歩前に出る。
おおっと周囲にどよめきとわずかばかりの歓声が広がる。
(チッ。アールッシュの奴め。下らん競争心を刺激されおって。周りのものも、普段アールッシュを卑下している割りに、こういったときだけ歓声をあげるとは、現金なものよ)
アインハイツは心の内で周囲の反応に苛立ちながらも、半ば決まってしまった方向に妥協し、乗じることにする。
「おお。それは心強い。それにしても、さすがはお二人とも近衛兵団団長だ。王をいかなる時もお守りするというその使命感と忠誠心、このアインハイツ、感服いたしますぞ」
大げさに驚いてみせると、エルドスは無表情だが、アールッシュは「当然だ」と言わんばかりにアインハイツを睨んでくる。
まるで、「お前が信用できないから、俺も行くんだ」と言ってるようにもみえる。
まぁ、それは正しいのだが。
アインハイツ将軍はオージュス連合国のビーゼス国宰相と通じている。
通称で黒騎士宰相と呼ばれるビーゼス国宰相の手引きによって、プルミエ国はカンナグァ連邦に対して侵攻を開始、次の侵攻で王を侵攻させることによって、戦時のドサクサで暗殺する手筈となっていた。
具体的な方法はまだ明確ではないが、アインハイツは黒騎士に乗ったのだ。
最終的にはドルディッヒ王の妹である王女を娶り、王位に就くことを画策している。
黒騎士はそのための先導役であり、利用できる間は利用することにしたのだ。
もちろん、アインハイツ将軍は黒騎士を全面的に信用したわけではない。
あくまでも、利用できる間は素直に従い、用が済んだ際は・・・・・・と思っている。
結局、王はそのまま泥酔し、眠りこけてしまったため、会議は自然散会となったのだった。
そして、八月の一日、本来であれば、プルミエ国が侵攻を開始しようとした時期であるが、オージュス連合臨時会議が開かれたのだった。
場所は当事者であるプルミエ国となる。




