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カンナグァ戦記  作者: 樹 琴葉
第二部 第二次プルミエ侵攻
53/205

朝美と琴葉




 訓練している集団に合流すると、いつものように、朝美を中心に模擬格闘戦をやっている。


「おいおい。どこ見てんだ? こっちだよっと!」


と言って、ひらりと攻撃を躱すと、大の男が横っ腹に蹴りを食らって、うずくまる。


周囲から歓声が上がり、数名が次の相手として手を挙げる。


顔ぶれを順に見て、実力を推測すると、


「おめぇら、まとめた相手してやっから、三人まとめてかかってきな!」


と手をクイックイッと招き入れる仕草をすると、準備が整っていない間から、朝美が飛びかかる。


上手く位置取りを考えながら、同時に多方向からの攻撃を避けることができるように動く。


「こりゃあ、無理だね。三人よりも、一人の方がまだマシだよ」


琴葉はそうやって、笑っている。


ティラドールは、そういって笑う琴葉の言葉の真意を確かめるように三人の動きと朝美の動きを追っていくと、理解する。


位置取りが非常に上手い。


二手三手先を読んで動いているのがわかる。


ただ者でないのはすぐにわかった。


まぁ、男三人がかかっていって、かすりもしないのだから、当然だが。


順番に蹴り倒すと、次の対戦相手を探す。


「はーい!」


そうやって、元気に手を挙げるが、お互いに目が合うと、真剣な顔をして口だけ笑う。


「ほう。琴葉は今日死にたいのか・・・・・・」


「いやいや、朝美ちゃんの方こそ。わたしがあの正の字を止めてあげないと、ね」


琴葉は、連勝記録の回数が書かれ、正しいという字が二つ並んでいる板を薙刀でさす。


さすがに訓練用の木製の薙刀だが、あたれば大怪我は必死だ。


「なんでもありの真剣勝負でいいよね?」


琴葉が聞くと、


「おう。あとで負けたときの言い訳がなくなるけど、いいのか?」


と朝美も腕組みして見下ろす。


いつの間にかギャラリーで周囲が埋め尽くされ、オッズ表が出る。


皆、アス老人がどちらに張るのかを見ているが、悩んだ末に、琴葉に三千ジェニー賭けているのを見て、一気にそちらに多くの兵が張る。


「さっすが、アスじいちゃん。わかってるぅ~」


琴葉は上機嫌だが、朝美はこめかみに青筋が立っている。


「じじぃ。後悔すっぞ」


一度、アス老人を睨むと、中央に琴葉と顔を突きつける。


琴葉は、振り返り、ティラドールを見ると、笑顔で言う。


「よく見ておいて。ティラちゃん。琴葉ちゃんの真の戦いを」


再度顔を突き合わせ、琴葉は薙刀を天に向かってさす。


「朝美ちゃん、アレを見て」


「あ、何もねえじゃねぇか」


朝美は上を見るが、何も見えない。


「ううん。朝美ちゃんにも見えるはずよ、死兆星が!」


「・・・・・・死ね」


朝美はそう呟くと上を見上げた顔を正面に戻す・・・・・・


瞬間、琴葉の薙刀を持っていない方の手が朝美の顔の方を向く。


「うわっ!」


一瞬のガードは間に合わず、もろに砂を顔に浴びる。


当然、幾ばくか目に入り、強烈な痛みとともに、視界が奪われる。


(汚ねぇ)


(模擬戦なのにエグい)


(最低だ)


(卑怯にも程がある)


そんなギャラリーの呟きも気にせず、琴葉は一気に薙刀を振り回す。


「うおおおおぉぉぉりゃあああぁ。死ね死ね死ね死ね死ねぇ~」


開始の合図もまだ聞いていないが、明らかに模擬戦とは思えぬ殺気とともに、激しい突きと胴凪を繰り返す。


致命傷よりも、避けにくさを重視した攻撃を繰り出すあたりが、実にいやらしい。


朝美は天性の感で、距離を取りながら、時間を稼ぐ。


「てめぇ。汚ねぇにも、ほどがあんぜ」


「戦場で勝つためには何でもするものなのだよ、朝美君。ほーっほっほっほっほ」


そう言って、しゃがみ込んで、小石を拾う。


「隙がなければ、作るまで。とりゃあ」


そういって、小石を二、三個同時に投げつける。


見ているギャラリーはなりふり構わぬ戦いぶりに絶句している。


朝美の圧勝を予想していた者が多数の中で、アス老人が琴葉に賭けた意味を知るのだった。


「くっ。今度は何を!」


いまだ目が見えず、何が飛んできたかの詳細がわからぬ朝美は手で触れる危険性を感じ、蹴りで払う。


蹴った瞬間に、ただの小石であることがわかったのであったが、後悔は後に立たずである。


足が一瞬だけ止められ、隙を作る。


「隙あり!メーン!」


そう叫ぶと、薙刀で「スネ」を打つ。


言葉につられて、上段、頭部をガードした朝美のスネに薙刀が直撃する。


骨折こそしなかったが、完全にクリーンヒットだ。


「くっ。どこまでもこざかしいマネを・・・・・・」


朝美はようやく視界が晴れてきたのか、大量の涙を流しながら、目をパチパチとやりながら、足を引きずって横に移動する。


(汚い・・・・・・汚すぎる)


(どうやったら、あんな卑劣な発想が出るんだ)


(何か恨みでもあるんだろうか)


そんな声が色んなところから漏れる。


「ティラちゃん、弓手でも、雑魚っちい歩兵ならよゆーで倒せるところを見せてあげるよ!」


そういって、朝美に向かって、薙刀を構える。


しかし、一連の戦いを見ていたティラドールは目を平たくして軽蔑のまなざしで琴葉の後ろ姿を見つめる。


そして、一声。


「朝美殿。琴葉殿は、まだ右手に何か握り混んでます!ご注意をっ」


ティラドールの思わぬ助言に振り向く琴葉と、笑みを浮かべる朝美。


「うえぇ、何のことかにゃ」


「もう、バレてんだよ、手を開けろ」


そういって、朝美は足を引きずりながら、琴葉に少しずつ近づく。


「ちっ。くらえ!」


そういって、どこで調達してきたのか、タバスコを瓶毎投げつける。


気付くと、周囲は熱狂的に「朝美コール」が鳴り響く。


「あーさーみ!」「あーさーみ!」「あーさーみっ!」


皆が手を挙げ、朝美の応援に回り、その中にはティラドールも混じっている。


もはや賭けの対象はどうでもいいらしい。


朝美はひらりと躱すと、一度声援に応えるように右手を突き上げる。


途端に、割れんばかりの歓声があたりを包み、異様な盛り上がりを見せる。


朝美は指をポキポキと鳴らし、さらに間合いを詰める。


「仕方ない。いざ、尋常に勝負!」


と言っているが、もはや尋常ではない。


琴葉は薙刀を脇構えに構え、精神を統一し、集中力を高める。


この状況で、集中できる神経が称賛ものである。


朝美は苦虫を潰したような顔をして、じりじりと距離を取る。


この構えから来る必殺の連続技を朝美は知っているからだ。


「円体陽流薙刀術、火車!」


琴葉は言う必要の全くない技名を口走ると、胴から、切り上げに回転を交えて突進していく。


朝美は避けきれず、横に移動し、尻餅をつくと、琴葉の容赦ない追撃が頭上を襲う。


辛うじてアームガードで防ぐと、力任せに薙刀を掴む。


「つーかまえたっ」


にやっと朝美は笑うと、徐々に悪魔の形相になり、少しずつ持ち手を詰めて近寄っていく。


足を負傷しているとは言え、もはや気持ちが痛みを凌駕しており、何の支障もない。


琴葉まで零距離になる。


「ギ、ギブアップ!」


琴葉が敗北を宣言する。


「あぁ? 聞こえねぇなぁ?」


そう言うと、ボディに数発の膝蹴りを叩き込み、ローキックをして崩した上に、げんこつを見舞う。


最後は後ろに回ってスリーパーホールドを決めていたが、タップする琴葉を無視して落としていくのであった。


「勝者、朝美!」


そう言って、アス老人が朝美の手を挙げ、歓声と外れ券が舞う。


大金を投じて朝美に張ったポシュエがほぼ一人勝ちし、大量の宝石を手にしたのだった。


そんなポシュエも、トコトコとアス老人に歩み寄り、


「アス様。言われたとおりに朝美様に賭けましたよ」


そういって、全ての宝石をアス老人に渡す様子を見て、真の勝者はアス老人であることを皆は知るのだった。


「赤い髪の嬢ちゃんが近接戦闘で遅れを取ることはあるまいて。ふぉっふぉっふぉ」


といって、高らかに笑っている。


「クソじじぃが。ったく」


朝美はどっと出た疲れで、その場にしゃがみ込む寸前に、ティラドールが肩を貸す。


「素晴らしい健闘だった。朝美殿の気概に感服しました。先日の失礼な態度をお許し下さい」


「ん? ああ、気にしてねぇよ。あたしより、そのチビをキャンプに運んでやってくれ」


といって、奪った薙刀を杖代わりにして、アス老人にたかりに行くのであった。


「おい。あたしにも寄こせ、ジジィ!」

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