プルミエ侵攻、その裏で
時は遡り、東歴998年一月。
琴葉隊がエムエール本国からの特派になる前のことだった。
プルミエ国の西に位置するビーゼス国の王の間でのことである。
男は全身を黒い甲冑で身を固め、王の御前であるにもかかわらず、兜を脱ごうとしない。
形式上跪いてはいるが、心の中では平伏しているとは思えなかったが、それでも決まり切ったような台詞の述べる。
「国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく、恐悦至極にございます。私のような素性の知れないものが拝謁できるのも、ここにおられる第二王子のタクソケール様のおかげ・・・・・・」
口上に気持ちを伴っていないのがわかったからであろう。
王は手で制止をする。
「堅苦しい挨拶はよい。息子の友人ということであれば、もてなさないわけにもいかんでな」
そう言って、見下すように見ると、背中を向け眼鏡を外す。
言葉の裏を返せば、息子の友人でないならば、お前に用はないということだろう。
レンズを拭きながら、再度こちらを向き、
「で、何用だ」
と既に興味が失せているといわんばかりに言い放つ。
そばに控えていた第一王子のキミュケールと第二王子のタクソケールは顔を見合わせ、第一王子が口を開く。
「実は、父上にお願いがございます。このものを我が国の宰相に命じて欲しいのです」
王に対するとはいえ、実の父だという馴れ馴れしさもあって、比較的軽い物言い放つ。
本来であれば、一笑に付するどころか、怒鳴り散らされ、投獄されても仕方の無いことである。
それほど突拍子もない提案なのだが、
「どこの馬の骨ともわからんやつに国の全権を与えるに等しいことはできん。理由はなんだ」
そういって、静かに二人の王子を睨む。
怒鳴られるよりも、こういった態度の方が恐ろしい。
返答を間違えると、たとえ王子の身分であったとしても、首が飛ぶかも知れないという緊迫した雰囲気を追うの間が包む。
近衛兵含め、側近のもの達も、おそるおそる王子の返答を窺う。
第一王子のキミュケールは王の威圧に負けることなく、さわやかに答える。
「このものが我が国の発展に最大限寄与できるだけのチカラを持っているからです。逆に、このもの以上に有能なものを私は知りません」
王は、しばし、品定めをするように黒騎士を見やると、
「必要ない。我が国は南にシーハーフ、東にプルミエ、海を挟んで北にウィッセンと三国に守られておる。過去数百年において、外敵にさらされたことはない。また、多くは草原であり、大陸随一の騎馬を有しておる。南東には河川の恩恵もあり、穀物も豊かだ。北には港もあり、交易もある。これ以上の発展など、何を申す」
そう一気に述べると、大きなため息をつき、目を閉じて押し黙る。
「父上、父上には野心はないのですか? 私はバラン王国を見てまいりました。弟はエムエールで士官学校を卒業致しました。他国を見ております」
そこまでキミュケールが述べると、王はカッと目を見開き、
「侵略戦争で落とせると申すのか!」
と挑発的な目で王子達を交互に見やる。
「仰るとおりです。どちらの国もつけ込む余地は大いにあると感じます。特にカンナグァ連邦については政治的欠陥も判明しています。既にオージュス連合国の他国の内通者が数名いることを確認しています」
第二王子が発言すると、王の発言を待たず、第一王子も続く。
「バラン王国も国の体制そのものに欠陥を抱えていると思います。かの国の奴隷制度は一見屈強ですが、支配階級は少数です」
王は、自分が他国を直接見ておらず、かの国に数年滞在していた王子達のいうことに反論はできない。
教育もかねて、第一王子をバラン王国魔法院に、第二王子をカンナグァ連邦のエムエールにある士官学校へと送り込んでいたのだ。
王は、各国の情勢については反論できないため、それ以外の点を述べる。
「だが、我が国は連合国の一部。直接国境は接しておらん。侵攻は厳しい。それに、いくら勝算ありといっても、我が国だけで何とかなるとは思えん」
そう言って、視線を外す。
「国境が接していないのであれば、国境が接している国にやらせれば良い。ビーゼスのみで厳しいのであれば、他国も動員すれば良い。あるいは、自国の領土を広げれば良いだけのこと」
黙って頭を垂れていた黒騎士が立ち上がって、述べる。
「国王陛下には、今週末に行なわれる連合国の会合で、プルミエ国の若き王を煽っていただくことと、我らの同席を許可願いたい」
そう言って、黒騎士は第一王子キミュケールの方を向く。
キミュケールはにっこりと笑って、王の間を見渡し、片手を挙げると、近衛兵全員が武器を構え、現国王に向き直ったのだった。
国王は全てを理解した。
元より、賢王と称されるほど頭は良く、実の子を他国に行かせて教育させるほどの柔軟な思考の持ち主である。
すでに第一王子によって王宮内の人心掌握が澄んでおり、極限られた側近以外は第一王子側についていると思ったのだ。
第二王子は数日前にこの黒騎士とともに帰国したばかりであり、それほどのことができる準備期間も無い。
また、けっして頭は悪くなく、人望もなくはないのだが、策を巡らせるのが苦手である。
ゆえに、第一王子が首謀者であることは疑いのないことだった。
王は幽閉も覚悟していたのだが、実際は今まで通りの生活をし、軟禁や監視といったものもなかった。
その自由さは、かえって恐怖を抱かせるものであり、どうやっても無駄だというメッセージと同義であると捉えたのであった。
最初こそ、黒騎士による国の乗っ取りを疑ったが、実際には、黒騎士の提案してくる政に関する助言はどれも有意義であり、結果もついてくるものが多かった。
キミュケールの人望の高さや政治手腕、タクソケールの気さくな人柄や個人的な戦闘力も国民にとっては大きな安心材料となったのであろう。
明らかに税収は増え、国民の生活水準も上がり、軍も精強なものへと変わっていく。
連合国会議で黒騎士をビーゼス宰相とし、外交、軍事の全てを委ねていると紹介したため、ビーゼスの最近の発展は全て黒騎士宰相の手腕であると諸国は認識し、その外見とあいまって、オージュス連合国内での認知は高まっていった。
時折、連合国内を少数の供を連れて出かけており、暗躍している感はあったが、それ以外は概ね王宮にいることが多く、大きな問題もおきなかった。
二人の王子以外は侍従のものも鎧兜を取った姿を見たことがなく、正体は一切不明であった。
戦っている姿も見ているものはいないのだが、王子ながら、個人の戦闘力では軍の中でも有数となっているタクソケールも
「十回やったら、五、六回勝てるくらいかな」
といってるので、相当な戦闘力と思われる。
わかっていることは、何やら曲がった細身の剣を常に携帯しているということだけである。
二月に入る頃、たった一ヶ月ではあるが、黒騎士宰相の名前と外見が、良い意味で尾ひれ背ひれをつけてオージュス連合各国に知れ渡っていた。
一月第一週の連合国会議では、手筈通り、ビーゼス国王がプルミエ国王ドルディッヒを少し煽る。
激高こそしないものの、誰の目にもわかるような不快を示し、とたんに自分を大きく見せようと自慢話をし出す当たり、御しやすい性格だと内心笑っていたものだ。
ドルディッヒ王の後ろには、アインハイツという将軍が控えめに佇んでいた。
さらに奥には、シブラーという、会議の場に似つかわしくない傭兵のような男が立つ。
二人の従者が王を煽ったビーゼス国王に対し、睨むわけでもなく、敵意を示さないことに違和感を覚え、よくよく観察する。
むしろ、簡単な煽りに対し、感情を抑えきれない自国の王に何かしら思うことがあるのが窺い知れた。
その様子を見た黒騎士は、翌日以降、アインハイツ、シブラーについて、調べ始める。
もちろん、ドルディッヒについても調べるのだが、主なキーパーソンはアインハイツと定めていた。
直感によるもので、根拠はないが、シブラーは裏切る可能性があるなと思ったので、除外したのだった。
黒騎士のこの手の直感は的確だ。
会議に同伴するくらいだから、何かしら有能な人材なのだろう。
外見から察するに、戦闘力においてだとおもわれたが、軍団長なんかの位置にいるのかも知れない。
しかし、黒騎士はアインハイツに興味を持った。
アインハイツと接触を持ったのは、会議からわずか一週間後であった。
プルミエ国内に宰相就任の挨拶という名目で訪れ、アインハイツと会ったのだった。
すぐに二人で話ができる状況を作ると、今後の絵図面を打ち明ける。
初対面の他国の人間にそこまで話すのかと驚いていたが、プルミエ国の今後の憂いを話すと、賛同してくれた。
黒騎士がアインハイツに頼んだことはいくつかある。
一つ、先日の会談の際にビーゼス王が煽ったことへの謝罪をさせて欲しいと、面会の機会を作ってもらうこと
二つ、カンナグァ連邦に単独で侵攻するように王を先導すること
などである。
実際にはさらに先まで細かく指示を出したのだが。
アインハイツは王への忠誠心はなく、プルミエ国に対して見限っている。
そして、己の能力をひたすら隠し、他者を馬鹿にした部分を持っていると感じたのだ。
なによりも、愛国心がなく、地位や権力、名誉といったものに惹かれ、野心家である。
無能を装った、実力ある野心家は、環境さえ整えてあげれば、大いに活用できると黒騎士は考えたのだった。
勝手な想像だが、今の地位も卑怯な手を駆使して手に入れた部分があるに違いない。
にもかかわらず、それなりの人望を持っているところに深慮遠謀さが伺えた。
もちろん、最終的には裏切ってくるだろう。
ただ、より大きなエサをチラつかせている限りは絶対に裏切らない。
これがシブラーとの大きな差だと思っている。
こんな大事になると思わなかったと途中で腰が引けるような中途半端な野心家は不要。
目の前の小さい利益に目がくらんで、裏切るような計算ができない馬鹿も不要。
シブラーは小物感がしたのである。
こうして、プルミエに内通者を得た黒騎士はアインハイツを通じて、一国を操っていく。
プルミエのカンナグァ連邦への侵略は、黒騎士にとって、始まりに過ぎない。




