機嫌取り完了
翌日以降、砦ではひたすらマータのご機嫌取りを実施。
次回侵攻はある前提で話を吹き込み、大規模なもので、撤退前提となることをすり込んでいく。
「いやぁ、今回の侵攻ではプルミエ国のドルディッヒ王をやってしまいましたからね。次は報復として完全に指揮官狙いの報復をしてくるでしょう。フラハー王だけでなく、特派の方々もターゲットにされるわけですから大変ですよね」
アンダールは通路を曲がった向こうにマータがいるのを事前に確認した上でアス老人と大声で会話する。
「全くじゃ。わしはテラガルドの陰に隠れておったで、目立たんから良かったが、嬢ちゃん達は目立っておったからのぅ。標的にされんか心配じゃわい」
「もし、一度琴葉隊の方が戻られ、再度ニーベンストランドの評議会が特派を寄こすとなると、マータ殿でしょう?」
「そうなんじゃ。それが心配でのう。わしらが散々オージュス連合の怒りに火を付けて、その鎮火作業をマータ先生に押しつけるのも筋違いというものじゃ。本来ならば、即撤退という形じゃろ? マータ先生は責任感が強い方じゃから、多少なりとも交戦するということをなさるかもしれんからのぉ」
「いやいや、さすがにそれは無謀ですよ。逃げの一手でしょう。交戦となると、自分の命を差し出すのと同じですよ」
「マータ先生は美人じゃから目立つじゃろ? 敵陣からでもその容姿は遠目でもわかるわい。あげく、采配で戦果でもあげてみぃ・・・・・・」
アンダールは半目になりながら、あんぐりと口を開け、一瞬固まってから会話を続ける。
(この御仁、呼吸をするように嘘をつくな・・・・・・ 凄い境地に達している!)
「あー・・・・・・ 真っ先に狙われますね。命はない。たしかにお、お綺麗ですからなぁ。敵の標的になります、ね」
アンダールはまだ嘘をつくと言うことに抵抗があるのか、淀みなく心にもないことが言えない。
「そうなんじゃ。あまりにも危険じゃ」
そこまで言うと、二人は気配を察知して、黙りこくる。
誰かが近づいてくる気配を感じたからに他ならない。
「あらぁ、アス先生。それにアンダールさんも」
ものすごく白々しいが、満面の笑顔が、上手く会話が伝わっていることを示していた。
わかりやすいというのは良いことだ。
ただ、美人と言う言葉と、綺麗という言葉しか頭に残っていないと良いのだが。
アス老人とアンダールは敢えて侵攻の話題には触れずに、世間話だけする。
他愛のない話だけして、露骨な誘導をせず、繰り返し意識下にすり込む作戦だ。
「こんなところで、何を話してたんですか?」
マータもまた白々しく聞いてくるが、明言を避け、無理矢理話題を変える。
「いやいや、くだらない世間話じゃ。ところで、マータ先生はどうなされた?」
「もし、お手すきなら、市場でお食事でもいかがですかな? 男二人よりも、華があった方が食事も美味しくなりますので」
言葉巧みに、外に連れ出し、他者との不要な接触を避けるように誘導し、ご機嫌を取る。
美容と健康のためと言って夜の八時には就寝するマータのライフスタイルを確認すると、隙を見ては会議をし、情報共有を図る。
アッサーラの協力もあって、少なくとも、侵攻はあることが前提として認識してくれたようだった。
元より、アッサーラたちも後手に回った防衛戦、しかも撤退前提の負け戦などやりたくはない。
今から準備した上での撤退戦ならまだしも、侵攻を察知してから派遣されるのなんか、準備も何もありはしない。
その後の撤退先でも何らかの任務が継続することは確定であり、全てが臨機応変な立ち回りを要求されることになるだろう。
やるならば、今から参加するか、あるいはフェルゼン国、ボクスネー峠での最終防衛戦に望むのが一番だ。
利害は一致しており、アッサーラも協力してくれる。
「あの先生も単純で、扱い安いっスからね。自分、仲良いんで、うまくやりますよ」
にこやかに引き受けてくれるが、アス老人はそこに善良な意志ははどうしても感じないのであった。
(どうも、この子は打算で考え、根っこの部分で信用できんのぉ・・・・・・)
アッサーラのお陰もあり、マータ先生の機嫌はよくなり、かろうじて数名の人と仲良くなることができたようだった。
正確には、仲良くなったというよりは、扱い方を知ってもらったという感じだが。




