ひまわりの庭園と少女
翌日、黒騎士はひまわりの庭園でフォウ女王と鑑賞をする。
時間は夕方であり、黒騎士の希望だった。
後から来るエルドス近衛兵長以外は人払いをし、一時間ほど誰も近づかせないようにと伝えてあった。
「昨日の臨時会議、ご立派でした。女王として見事な発言だったと思います」
黒騎士は本音で褒める。
「ありがとう。これから色々と大変だと思いますが、黒騎士宰相のお陰で覚悟ができました。支えてくれるものもおります。頑張れそうな気がします」
フォウ女王はあどけない少女のままの微笑みを浮かべる。
黒騎士は一輪のひまわりの元に歩み寄り、下を向いてしまった花を支える。
「最後の一輪ですが、辛うじて咲いているひまわりをフォウ女王と観ることができて良かったですよ」
フォウ女王も黒騎士のとなりに寄り添い、ひまわりをみる。
自然と腕を絡め、いつぞやのように身を寄せる。
黒騎士はそのことには何も言わず、ひまわりを見たままフォウ女王に言う。
「今日、私はフォウ女王に秘密を打ち明けようと思います。幻滅するかも知れません。恨むかも知れません。そして、もう会わなくなることもあるでしょう。それでも私は打ち明けようと思います」
フォウ女王の顔はどのような表情なのだろう。
黒騎士はひまわりから目を反らすこと無く、表情は窺い知れない。
しかし、右手にしがみついたフォウ女王がかすかに頷くのを腕で感じ、話し出す。
「私はこの国のものではありません。そして、カンナグァ連邦に侵攻するように仕向け、兄上、ドルディッヒ前王を死に追いやったのは私です。プルミエ国の多くの兵の命も散らせてしまいました」
黒騎士の腕からフォウ女王は離れていく。
・・・・・・そう思った。
しかし、一向に離れていかない。
腕に絡みつくチカラも変わらず、緊張も伝わらない。
先に沈黙に負けたのは黒騎士だった。
「軽蔑されますか? 恨んで下さっても良いのですよ」
なおも沈黙が支配する。
耐えきれず、黒騎士はフォウ王女の顔を見る。
少女はしてやったりといった顔でこちらをみると、
「知ってましたよ」
とからかうように一言だけ呟く。
少女は腕から離れ正面に立つと、無警戒にゆっくりと黒騎士の兜を引き上げる。
黒騎士も手伝うようにやや膝を曲げて中腰になる。
腰までなびく銀色の髪が風になびき、少女と目が合う。
「想像していたよりもキレイな顔ですね。それに、キレイな髪」
何て言って良いのかわからず、黒騎士は沈黙する。
「全部リアから聞いてました。最初に貴方に会う前に」
少女は微笑む。
クロノは驚き、目を見開くが、次の瞬間に固まる。
隙ありとばかりに少女が抱きついてキスをする。
何が何だかわからないクロノが呆気にとられていると、何事も無かったように少女は振り返って庭園の入り口に手を振る。
「あ、リア!こっちよ」
近衛兵が近づいてくるのがわかったが、クロノは思考が停止し、目の前に来るまで時が止まったままだ。
急に時が動き出し、視線を移す。
「エルドス近衛兵長・・・・・・いや、リアか」
クロノが見ると、リアもまた兜をとり、後ろの服に隠した長い髪を振りほどく。
「どうした、クロノ? 顔が赤いぞ」
クロノは、リアが秘密をすでにフォウ女王に伝えていたことを怒るのを忘れ、軽口を叩く。
気まずさ、恥ずかしさを隠すために。
「リア! 口の軽い奴め!」
リアは勝ち誇ったように笑う。
「私の口は軽いかもしれんが、女王のファーストキスを奪った口に言われたくないなぁ」
少女が横で笑っているのが何とも気恥ずかしい。
「お前、見てたのか。悪趣味な奴め」
クロノは恥ずかしさもあって、兜をかぶる。
リアもまた髪を縛り、服に隠して兜をかぶる。
しばらくの沈黙の後、三人は残された一輪のひまわりを観賞し、フォウ女王が感謝の意を述べる。
「全て知った上で、黒騎士宰相には感謝していますよ。そして、今後もできることを協力します。もちろん、当面の目的達成のための手伝いだけでなく・・・・・・」
「兄上のこともお許しいただけると?」
「もちろんです。むしろ感謝しています。兵の皆様には申し訳ないことをしましたが、放っておいたらもっと酷いことになっていたでしょう。だから良いのです」
黒騎士は救われた気がして胸が熱くなる。
エルドス近衛兵長も黒騎士の肩に手をやり、感謝の意を述べる。
「私からも礼を言う。部下を救ってくれたのは君だよ」
黒騎士は一つ気になっていたことを聞く。
「君が女性で、リアというのが本当の名前だと知っているのは?」
「家族とフォウ様と君だけさ」
「もう一つ。リアってのはここらへんでは多い名前なのか? 伝令で来た子もリアと名乗っていたが・・・・・・」
「ああ、偶然さ。別に多い名前ってワケじゃない」
黒騎士は、そうかとだけ呟いて、自害したという女性近衛兵を思い出す。
「次の大規模な侵攻の混乱に乗じて、エムエールに戻る。まずはそこからだ」
黒騎士は決意を胸に庭園を後にする。




