偵察と考察
あたりを見渡すと波の音が聞こえないことに気付く。
静かな夜だ。
運河みたいなものとさっき地図を思い返したが、波がないというのはそういうことなんだろうなとふと思う。
対岸はウィッセン国だ。
近くの兵もこの海のことは知っていよう。
「この海は運河というか、海峡となっているようだが、どんなものなのだ?」
黒騎士が尋ねると、近くの兵が答える。
「えっと、仰るとおり海峡となっております。北から南にかなり早い流れでして、泳いで渡ることはできません。船で渡ることになるのですが、かなり流されてしまうので、流される前提で船を出します。ですから、いつもはビーゼス国の港に漂着するような形での上陸ですね」
聞き方が曖昧だったせいで、何を答えて良いのか迷ったようだが、的確に答えてくれた。
「魔獣はでないのか?」
「出るには出ますが、それほど高頻度ではありません。なので、出ない前提で船を出します」
特に何が聞きたかったわけではないのだが、海の違いは大きいものだと感じた黒騎士だった。
「そうか。ありがとう」
黒騎士は礼を述べると、ちょうど斥候が戻ってくる。
十分くらいで調べられる範囲なのでそう遠くはいっていないが、出さないよりは良い。
「海岸偵察から戻りました。特に異常はありません」
先に戻った海岸方面の偵察部隊が戻る。
しばらくすると、湿地方面に偵察に出していた兵が戻る。
「湿地方面の偵察から戻りました。遠くにかがり火のようなものが見えました。明るい点は動いておりませんでしたので、かがり火で間違いないかと。辛うじてといったくらいなので、五キロくらい先だと思われます。なお、ヴィータ国の哨戒兵らしきものは確認できませんでした。」
黒騎士は感覚的にもっと手前かと思っていたのだが、予想よりもだいぶ進んでいたようで、頭の中で地図と照合する。
いずれにせよ、進むしかないのだが、あまりにも早い到着だと、接敵のタイミングが狂ってしまう。
狼煙は上げるが、キミュケールが王城を制圧するのが遅れると、元も子もない。
この作戦のキモはタイミングなのだ。
王城の制圧が先、黒騎士の到着が同時か後にならないと意味が無い。
夜明け直前にキミュケールが行動を起こす予定だが、ともに狼煙を上げることとなっている。
(本当に五キロ先にかがり火があるとすると、あと一時間の徒歩で湿地帯ラインを超えることになる。早すぎるな・・・・・・)
黒騎士は思案した挙げ句、一時間だけ行軍することのする。
「一時間、徒歩にて行軍する。ここからはいつ会敵してもおかしくない。見つかった際はすみやかに始末せよ」
そう言うと、慎重に歩を進める。
疲労もあって、馬が鳴かないでいてくれるのがありがたい。
本来ならば、見知らぬ土地と闇夜に怯え、大暴れする馬がいてもおかしくないのだが、特にそう言った様子もない。
馬の足音も海岸の砂で消され、気配を最小限にしているのに気付いたとき、黒騎士はハッとする。
(そういうことか! 対岸はウィッセン国。闇夜とはいえ、風土がここだけ似ている分落ち着いているのか。対岸で夜の訓練をしたことがあればなおさらだ。それに、この海岸の砂がクッションになっており、馬の負担が大幅に軽減されているとみた。砂に足を取られ、行軍速度を遅く計算していたが、逆だ。馬の疲労が少ない分、長時間の移動ができたのだ)
自分の計算と実際のズレの理由が納得がいったことで、黒騎士は時間のゆとりができたことに安心を得る。
(これは絶好のチャンスだ)




