ここから始まった
「具体的な策は何かあるかい?」
キミュケールは黒騎士に問う。
「先陣を切って犠牲になってもらうのはプルミエ国だろう。ここを何とかそそのかして突っ込ませる。その上で報復戦として四国連合軍が侵攻。ただ、ビーゼス単独で三国を同時に制圧することは難しいだろう。仮にできても、その後の維持ができない。手順は踏むべきだ。まずはウィッセン国と手を結び、ヴィータ国を倒す。その上で、土地はウィッセン国に、人と技術はビーゼス国がもらおう」
キミュケールとタクソケールは目を見開いて驚く。
「そんな分配の考え方は聞いたことはないぞ! 国の分割を土地と人ってどういうことだい?」
「ウィッセン国は島国、プライドが高いと聞く。大陸の領土は喉から手が出るほど欲しいだろう。だから領土をくれてやる。だが、弓矢隊に関心はないと思う。自分たち重装兵に弓矢は有効ではないから。しかも、プライドが高いのであれば、元ヴィータ国の国民に対しても見下したものになるだろう。だったら、弓矢兵と家族を技術、情報ごともらう。ビーゼス国は一時的に食糧問題が出るかもしれんが、交渉次第でウィッセン国から引き出せるかもしれんし、何とかなるだろう」
領土を二分割ならわかるが、こんな発想はキミュケールにはなかったため、大変驚いた。
タクソケールは無理だと叫んでいたが、キミュケールは可能性を大きく感じていた。
留学先のバラン王国では奴隷制が発達しており、人身売買は合法で有り、日常茶飯事。
数千人単位の国策での移住も平然と行なわれる。
国は人と土地と政府で成り立っており、主権や外交能力が政府に含まれるものとされる。
人がいなければ国でなく、領土がなければまた国でない。
どちらか一方では国たり得ないのだ。
しかし、母体となる国が有るので有れば、人の移動はありえる。
奴隷を一万人規模で買うのと同じだ。
キミュケールは一人、考える。
「ねえ、なんでウィッセン国と手を結ぶんだ? しかも、一番弱っていそうなプルミエじゃなくて、ヴィータ国を最初に潰す理由って?」
タクソケールは色々と疑問なのだろう。
「まず、四国で最強なのはヴィータ国だ。弓矢兵という兵科は強い。しかも、オージュス連合全体を賄える穀倉地帯を有している。一番強いところから潰すのが鉄則だからというのが大きい。あと、一番最初に主戦力となり、被害が甚大なプルミエ国はあとでどうとでもなる。最後で良いだろう。ウィッセン国と手を結ぶのは、一番御しやすいのが理由だ。ヴィータにとってのエサはないが、ウィッセンには大陸の土地というエサがある。一番侵攻に野心が有るのがウィッセン国であり、一番エサになりやすいのがヴィータだから最適さ。しかも、互いの国の国王の相性からいってもちょうど良いだろう」
黒騎士は友人に対してわかりやすく説明する。
「ヴィータって強いのか。一番弱いかと思ってたよ。逆に、ウィッセン国の重装兵は最強を名乗ってるから、ヴィータ潰して余計強くなったら厳しいんじゃないの?」
タクソケールはウィッセン国の強さを評価しているようだ。
「私に言わせると、ウィッセン国が最弱だ。重装兵など一番使えない。ビーゼス国ならわかると思ったんだが。それに、ヴィータを制圧した後に強くさせないために弓矢隊と人を奪うのさ」
タクソケールは納得がいかないようで、まだ首を捻っている。
「どうも、強い、弱いの認識のズレが大きいなぁ。まぁ、お前が言うなら間違いないんだろうけどな」
三人は再び沈黙する。
黒騎士は「認識のズレ」というキーワードを反芻し、同意する。
(そんなに難しいかな? 結構簡単に制圧できそうだが、どうも認識のズレが大きいな)
しばらく考え込んでいたキミュケールだが、口を開く。
「ヴィータ国が最強だというのはわかる気がするよ。僕らの騎兵隊は機動力を武器としているからね。重装歩兵には特に弱く、接近戦であまりにも無力な弓隊だけど、近づけないなら最強だと思う。その近づけない天然の要害といわれる湿地と、人口の要害といわれるヴィータ国の王城はどうやって攻略するつもりだい?」
黒騎士はフッと笑うと、
「自分で答えを言ってるじゃないか。接近戦では無力だと。近づいてしまえば良いだけさ」
具体的な回答は返ってこなかったが、キミュケールは「なるほどね」とだけ呟く。
こうして、自国の内政を強固にしつつ、三人での打ち合わせを重ね、策謀を実行に移していく。
キミュケールはウィッセン国王インゼルに近づき、ヴィータ国領土の無償提供の代わりに、ヴィータ国人民と技術、物資とその後の派兵を引き出す。
そして、カンナグァ連邦の全制覇まではプルミエ国にはお互いに手を出さないことを約定する。
ウィッセン国にも思惑は有るだろうし、最後まで約定を守るとも思えないが、ある程度のところまでは期待通りに動いてくれるだろう。
各国の戦力は現状では五千くらいずつだろうが、臨時徴兵、募兵などをすれば二万くらいまでは引き上がる可能性がある。
最低限残す兵を考えても、二、三万の派兵は現実的に不可能ではないが、総力戦に近くなるだろう。
のちに、この頭数を揃えることが難関となることはわかっていたのだが、まずは侵攻へ向けて意志を統一することから始めなければいけない。
黒騎士はタクソケールとともに情報を集めることに終始し、国内の内政に献策、評価を高めていく。
各国に黒騎士宰相として名を馳せ、アインハイツ将軍と内通したことで、事態は動き出す。
キミュケールは「国は人と土地と政府で成り立っている」と言っていたが、その言葉をきっかけに黒騎士は為政者の考え方を学んだのだった。




