作戦全容を説明する
日の出前に黒騎士はウィッセン国の重装騎兵とともに、森を抜ける。
森での野営の経験のためだけの訓練であるため、出口までは数百メートルもない。
午前中にはプルミエ国の野営地に戻り、慌てて準備を進める。
一日の行程差ということは、アインハイツ将軍らは前日に十分な休息を取ったとしても、明日の朝にはプルミエ国に帰還できるだろう。
黒騎士は予め手配していた伝令係に見えるように、合図の狼煙を上げる。
湿地帯の前あたりに待機していた伝令がヴィータ国に向かってくれるだろう。
「明日の朝から一日、重装騎兵による訓練を実施する。湿地帯付近、一部国境線を越える可能性があるがご容赦されたし。野営し、日の出とともにプルミエ国に戻る」
伝令がヴィータ国に到着し、そう伝えるのとと同時に訓練が始まるだろう。
連絡がギリギリになるのは前回も同様だから、特に怪しまれることはあるまい。
苛立たせることはあるかも知れないが。
「今朝戻ったばかりで申し訳ないが、今日の夕方にはここを出る。目標はプルミエ国北部でヴィータ国との国境付近だ。可能ならばやや海岸に近いところで訓練を行ないたいと思っている。朝方には到着したい。しっかりと準備をしておいてくれ」
黒騎士は指揮官を呼び、伝えるが、最後に確認をする。
「ところで、今回の目的をアドランデ将軍から聞いているものはいるか?」
黒騎士の発言を受け、場が凍り付く。
急に指揮官達の眼光が鋭くなり、一様に黙りこくる。
ある程度の時間が経ち、これ以上は無意味と悟ったのか、最も年配の指揮官が一歩前に出て答える。
「黒騎士宰相、ビーゼス国第一王子のキミュケール様の手引きの元、ヴィータ国を制圧すると聞いております」
他の指揮官は正直に答えた指揮官に対し、だれも反感を示さない。
それは、この「北方への訓練」が訓練ではないことを悟ったからであり、今までの訓練もまた布石であることを薄々感づいていたからに他ならない。
さらには、昨夜、明らかにそれと思われる伝令を取り次いだものもいる。
黒騎士が知らないはずがないことは自明であり、この一週間の訓練で黒騎士宰相の信頼性が高まっていたことも要因だ。
「なら、話が早い。回りくどいことはやめだ」
黒騎士は一同に向き直り、指揮官達もまた改めて姿勢を正す。
「今夜中に重装騎兵として北方の国境付近に向けて出発する。重装備ゆえ、安いながらの行軍とならざるを得まい。目的地までは必達だ。到着次第、馬を休め、交代で歩兵訓練を実施する。半分はしっかりと睡眠を取るように。なお、馬の鎧は付けず、兵士のみの重装とする。これは進軍の速度、馬の負担を考えた上だ」
そこまでいうと、一人一人の指揮官の顔を見る。
「日没とともに、野営をし、鎧兜をその場に残し、盾と槍だけもって軽装騎兵として海岸線をとにかく北上する。完全に哨戒区域に入ると思うが、状況を見て、夜明け前ならば殲滅を図る可能性がある。無論、バレないに越したことはない」
再度指揮官達の顔を見ると、一人が手を上げる。
「黒騎士宰相、行軍速度を重視するのはわかるのですが、軽装騎兵では、並み居る弓兵の矢に対抗することが難しいのではないでしょうか?」
黒騎士は頷き回答する。
「言い質問だ。一つは君が言うように、行軍を優先したためだ。もう一つは、あまりにも距離がありすぎて、重装備での接近が困難だということ。重装歩兵でも活動時間は二時間が限界だろう。それでは敵に近づくことも難しい。もっと接敵状態にならないと重装騎兵は活かせん。それよりは、すみやかに近づける軽装騎兵の方が良いし、下馬して戦えば、弓兵など兵科の有利で蹂躙できる。無論、ある程度の被害は想定内だ。加えて言うなれば、こちらは夜明けと同時に王城を押さえる。その時点で王を捕縛するため、戦闘にならない可能性が高く、兵も多くは展開されないだろう。であれば、質よりも量だ。相手の弓兵よりも多くの騎兵を展開するだけで十分に圧となる」
一同はやや表情に不満を残しながらも納得する。
ここがウィッセン国の一番の欠点である。
プライドが高いのである。
重装騎兵であることにプライドを持ち、重装歩兵であることにプライドを持つ。
軽装騎兵や軽装歩兵よりも優位であり、上だと考えてしまうのだ。
兵科とはそんなに単純ではない。
重装歩兵も軽装歩兵とぶつかって、壊滅になることは非常によくある。
正面からぶつかったとき、隊列を組んで戦ったときのみに有利になる条件限定の兵科であることを理解していない。
重装騎兵も然り。
戦場では一時間ちょっとしか活動できないだろう。
だが、変なプライドが鎧兜を脱ぐことに抵抗感を示す。
「私が信用できないか?」
黒騎士は無言のプレッシャーを与える。
「いえ、黒騎士宰相に従うようにと厳命されております。ご指示に従います」
質問した指揮官は何か恐怖を感じたのか、背筋を正し、敬礼をする。
「続ける。先にも述べたように、キミュケール王子が王城を制圧する。諸君らの仕事は野外の弓兵達の威嚇、足止めである。一日遅れでアドランド将軍が入場するまで兵を無力化することが役目となる。アドランデ将軍はプルミエ国野営地に鎧兜を置き、軽装歩兵として北上。我らを追う。そこで国境付近においてきた我らの鎧兜をつけ、重装歩兵となり、堂々とヴィータ国に入る。以上が作戦の全容だ」
アドランデ将軍が軽装歩兵の姿で北上するというところで一同にざわめきが起こる。
「将軍はこの件について、何と?」
先ほどとは違う指揮官からの質問が飛ぶ。
「当然納得してくださっている。「それが最速に近く、最も効率的だろう。敵も我らがプライド高く、鎧兜を脱いでまで行軍速度を速めることを想定はしていまい。他国の宰相故思い付く良策だ」とお褒めいただいている」
黒騎士は堂々と答えるが、百パーセント嘘である。
行軍の方法など、具体的な案はこれから来る伝令に指示を出すのであって、まだアドランデ将軍は知らない。
「諸君らのプライドの高さは尊敬に値する。しかし、それは相手の知るところでもある。私の話を聞いて、予想していたものはこの中にいるか? いないのであれば、敵もまた同様だ。敵の虚を突くことから策は始まる。まさかと思うことをやってのけるのが策である。君らの態度を見て、私は確信したよ。ヴィータ国を落とせる」
最後は無意味にガッツポーズを取り、指揮官達の歓声に合わせて拳を突き上げる。
(めんどくさいな。こんなパフォーマンスをしないと動かん兵は扱いにくくて仕方ない。合理性がないものたちはかなわん)
心の内は明かせないが、皆の作戦への理解が深まったところで、すみやかに準備に移るように指示をする。
(アドランデ将軍はこうはいかないだろうが、ウィッセン国のこの気風は致命的だな)
黒騎士は自分の準備をすべく、王宮へと戻る。




