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カンナグァ戦記  作者: 樹 琴葉
第三部 ヴィータの滅亡と新たなる戦乱の兆し
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第二の毒とリア

 食糧がないという状況下で不眠不休で歩き続ける。


途中の休憩は挟むも、原則として野営はしない。


幸いにしてホルツホックの迎撃、というより追撃はほとんどなく、行きに解除しきれなかった罠にたまに引っかかるくらいだ。


本来であれば、行きは帰りの倍時間をかけてでも慎重に戻りたいのであるが、むしろ二倍の速度で戻っていく。


不眠不休で戻っていることもそうだが、罠にかかろうが、追撃が来ようが構わないという姿勢なのか、あるいは、追撃は決して来ないという確信あってのことかはわからない。


ただ、およそ重装歩兵とは思えぬ行軍速度で進んでいることだけは確かだ。


いくら戦闘状態でないといっても、四十キロ近い鎧兜を纏って、不眠不休で移動しているのだ。


並の体力ではないし、精神力は計り知れない。


アドランデ将軍の重装歩兵のレベルに驚愕するが、エルドス近衛兵長とて重装備。


ついて行けてはいるので、同類だ。


違いは指揮官クラスではなく、それが千人もいるということ。


それがなによりも凄い。


必至で追いつき、食らいついていく。


そんな中、後方より、三人の伝令がやってくる。


最後の伝令であろう。


「遅くなりました。エルドス団長夕方の決戦の直前までおりました、リアです」


女性近衛兵長はリアと名乗り、エルドスの前に跪く。


残り二名は後ろに控える。


「ああ、リアか。無事で何よりだ」


エルドスは今までで一番近衛兵を歓迎する。


最後の近衛兵の伝令と言うこともあるだろうが、個人的な親交もあるのかも知れないとアインハイツは思っていた。


「日中に狙撃による指揮官を数名失うも、基本的には膠着状態。敵の陽動に引っかかり、矢を打ち尽くした部隊がおり、物資がないことが露見しました。したがって、短期決戦を決意し、夕方に特攻を仕掛けるべく動いたところでした」


「ふむ。なるほど。狙撃については今後も重要になりそうだ。後で聞こう」


その言葉で、先に聞きたいことがわかったリアという近衛兵は次の報告に移る。


「夕方、出陣前に腹痛を起こしたドルディッヒ王に対して、アールッシュ近衛兵長が丸薬を服用するように手配し、私の目の前で飲み干しました」


それを横で聞いていたアインハイツ将軍は顔を綻ばせ、笑顔になる。


「おお、アールッシュの丸薬というのが第二の?」


アインハイツはアールッシュに対して不快な感情を抱いていたため、ドルディッヒ王に忠誠を誓うアールッシュが知らず知らずのうちに自ら勧めた毒で王を殺すという趣向に痛快さを覚えていた。


「いや、確かにアールッシュに丸薬を渡したのは確かだ。しかし、飲んだ丸薬に毒はない」


エルドスは表情を変えずに言う。


もはや毒という言葉を隠そうともしない。


「なに! どういうことだ」


アインハイツは丸薬という言葉が出た瞬間に、そこに毒があると思い込んだのだ。


「アールッシュもそこまでお人好しではあるまい。事前に安全なものなのかどうかの確認くらいはするだろう。別に私に無条件の信頼を寄せているわけでもないしな」


エルドスはリアという近衛兵に向き合う。


「エルドス団長の仰るとおり、アールッシュは丸薬を二つに割り、半分を他の兵に与えて実験を行なっております。半日様子を見て、効果が腹痛止め、下痢止めと確認すると、ドルディッヒ王に飲ませたのです」


「では、毒はどこに?」


エルドスはフフッと不敵に笑うのみ。


代わりにリアという近衛兵が答える。


「私が直接飲ませました」


「は?」


アインハイツがわけがわからないという風にエルドスを見る。


「毒が入っていたのは、丸薬ではなく、水の方だったということさ」


唖然とするアインハイツ将軍を尻目に、エルドスは近衛兵に指示を出す。


「しばらく休んだ後に、今度は前方に伝令、哨戒を頼む。黒騎士様に会えたら手筈通りに伝言を」


「はっ。承知しました」


しばし、口を半開きにしているアインハイツを見て、エルドスが解説をする。


「先に述べたように、アールッシュは疑心暗鬼になっている。誰かのお陰でな。だから、一度信用させる必要があり、それが丸薬だ。一度目の毒は腹痛と激しい下痢の後に死に至るもの。腹痛が出たということは一度目の毒は効いている。この時点で十分なのだが、念の為な。それに恨みを抱くのは一人ではない」


アインハイツは、少なくともリアという近衛兵も恨みを抱くものと推察した。


「一度安全を確認したら、それ以外のものは見えなくなるものだと黒騎士様は仰っていた。案の定、アールッシュは私と丸薬を信じる。事前に若干刷り込みもしたしな。結果、飲ませることになるのだが、よもや水の方に毒があるとは思うまい。全身から血を吹き出す即効性の毒なのだが、苦みが欠点でな。丸薬で誤魔化したというわけだ」


エルドスは解説をする。


事前の刷り込みとは、丸薬とともにしたためたメモである。


予め毒の可能性を仄めかしておくことで、症状が出たときに毒の可能性を疑わざるを得ない。


そして、丸薬になんらかの対処効果があると思いこむ。


丸薬自体が毒でないとわかったのであれば、当然それらの情報の信憑性は増す。


したがって、丸薬を飲まさざるを得ない。


実際には、輜重隊の王専用食の中に混入したわけではなく、食事の直前に混ぜたのだ。


事前に他のものが食べる可能性やアールッシュが排除する可能性があったからに他ならない。


こうやって、第一の毒でも十分だが、第二の毒も内服させることに成功した。


結果として、戦争にも負けるのだから、どうあっても死からは免れなかったのである。


「なんと、心理戦の巧みな方よ。二重三重に張り巡らす策の中に不確定な人の心理まで盛り込むとは・・・・・・」


アインハイツは冷や汗を垂らしながら、呟く。


「黒騎士様曰く、女性が明日着る服をあてるよりははるかに簡単だそうですよ」


そういってエルドスは笑い、アインハイツも笑う。


「確かにな。間違いない。おっさんの考えることなど造作もないということか」

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