アンダールの総括
「皆さん、こちらにおいででしたか」
アンダールがお腹を揺らし、天幕に顔を出す。
床で寝ている琴葉に気付き、気をつかって小声になる。
「来週頭に、避難していた住民が戻ってきます。そのタイミングで一度砦に戻ることになりました。といっても、武器や用具の回収、捕虜の尋問や死体の処理など、残務がまだ山ほど残っているので、しばらく野営地は拠点になりますが」
延べ三千に及ぶ兵の死体は、落とし穴用に掘った穴をそのまま利用することにして、火葬、埋葬したのだが、私物のチェックや回収、武器、防具などの回収などなかなか進まない。
期待した情報の収集も難航しており、指揮官以上に生存者がいないため、何の情報も得られないままにいた。
「今後の方針含めて、夕食後に簡単な会議をするので、よろしければご参加をお願いします」
ぺこりと頭を下げて、退席する。
「改めて、皆さんのおかげで今回も無事に迎撃できました。重装歩兵の突撃とその後の挟撃、弓矢隊の応射で百人ほどの死者が出ましたが、相手は三千人。被害は最小限と言って良いでしょう。これも素晴らしい作戦、戦略のお陰です。フラハー国を代表してお礼を述べたいと思います」
そういって、フラハー王以下、指揮官一同が立ち上げり、深々と礼をする。
「いえいえ。カンナグァ連邦として一つの国の同志ですから、貴国だけの問題ではありません。何より実際に戦い、傷ついたのはフラハー国の騎士の方です。どんな作戦も実行できないと絵に描いた餅です」
そういって、琴葉隊も立ち上がって礼をする。
双方着座すると、ブリーフィングを始める。
「では、今日はワタクシ、アンダールが議事進行を務めさせていただきます」
そういって、小太りの男が立ち上がる。
あまりこういった役割をやらないので、若干周囲がざわつくが、両手で静まるようにジェスチャーをすると、軽く咳払いをし、話し始める。
「えー。今回はずっと森の中で待機し、見せ場も少なく、あまり活躍できなかったので、せめて会議ではと立候補しただけですので、お気になさらず」
あたりから軽い笑い声が起きる。
確かに、一番体積があるのに、一番目立っていなかった。
比較的柔和で、穏やか、かつ陽気な部類に入るにもかかわらず、目立たなかったのは逆に不思議だ。
もちろん、活躍しなかったわけでなく、挟撃の片翼として彼がいなければ殲滅はできなかったのであるが、もう一方がフラハー王であったため、相対的に薄れてしまった不幸がある。
「最初に、ホルツホック国からの報告です。敵は全軍森から撤退。くまなく探したが、潜伏はゼロとのことです。すでに罠の回収、解除を行なっているとのことです。それ以前の報告はすでに説明済みですが、消えたアインハイツ将軍の部隊、アドランデ将軍の部隊の動向は撤退したという事実以上のことは不明。これは伝令も同様です。最後に生存者ですが、途中でわざと見逃した者以外は全員駆逐完了とのことでした。なお、生存者からの情報収集は実施不能とのことでした。最後に、被害者は五名ほど出たようです。敵に討ち取られた者が三名、罠にかかった者が二名だそうです。点呼確認により不明者はゼロとのことです」
アンダールはよく通る大きい声で、ところどころ間を取りながら話すため、非常に聞きやすい。
意外な適任者だと感心する。
「プルミエ国はドルディッヒ王、近衛兵長アールッシュ、弓矢隊指揮官、軽装騎兵隊指揮官、工兵指揮官、輜重隊指揮官、重装歩兵隊指揮官が士官として確認されており、配下含め、全員死亡を確認しております。ドルディッヒ王は毒によるものが推測されますが、これは先日の報告通りで、おそらくは自害と思われます。アールッシュ近衛兵長が持参していた丸薬の半分が当初それではないかと疑われましたが、だたの下痢止めと判明しております」
お腹を縦揺れさせながら姿勢を正すと、これまでのところで質問などがないか、あたりを見渡す。
「ヴィータ国については、やはり練度の低さが目立っておりましたが、挟撃の際にもそれが現れていたように思えます。最初から攻撃の意志を感じないものもおりました。やはり指揮官と思われる人物が四名いたと思われますが、全員戦闘中の死亡が確認されておりますので、結果として士官クラス以上は全員が戦闘での死亡となり、生き残ったものから聞き出し情報に重要なものが少なかったです。なお、所有していた武器に大きな差があったため、後に実況検分を琴葉さんとティラドール隊長にお願いできればと思います」
琴葉はすでに興味があったのか、身を乗り出して尋ねる。
「ふーん。どんな差があったの?」
「詳しくは見ていただいた方がわかると思いますが、最新のものと旧式のもの、新品のものと壊れかけてるような中古のものが混じっていると聞いています。おそらくは練度の違いとか兵の士気とかと関連があるのではと。ただ、もっとも最新と思われるものは我々の弓とは性能が格段に違うようでして。さすがは弓矢の紋章をかかげるヴィータ国といったところでしょう」
アンダールは直接自分が検分したわけではないのと、弓矢に詳しくないのでこれ以上のことはわからないと陳謝する。
琴葉は興味津々と言った感じでワクワクしているが、ティラドールへと話しかけ、おしゃべりに夢中になっているようだったので、アンダールは続けることにする。




