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カンナグァ戦記  作者: 樹 琴葉
第三部 ヴィータの滅亡と新たなる戦乱の兆し
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黒騎士の杖術

 野営地前に到着すると、すでに人だかりができており、明らかに選りすぐりの兵が列をなす。


予想通り、手には槍を持っており、剣を持つものは少数だ。


「すまないな。ちょっと遅れてしまったが、早速始めよう」


そういって、中央に進むと、並んだ兵の中から指定する。


「では、一番右の君から順に五人、前に出て来てくれ」


指名された兵士達は素直に前に出るが、次の言葉でプライドが刺激されたのか、闘争心に火が付く。


「いつでも良い。まとめてかかってきてくれ。一撃入れられたものは下がるように。そのあとは順に代わる代わる補充として加わってくれ」


五人を同時に相手すると言ったのだ。


インゼル王の性格そのままにプライドが高く、やや高慢な兵達は自尊心が傷つけられたのか、敵意をむき出しで突っかかっていく。


長さは槍の方が長い。


武器については兵達の方が有利なのだ。


加えて、一対多数、いくら騎兵とはいえ、集団戦術は多少はできる。


かなりのハンデどころか、舐められまくっていると判断されて当然なのだ。


「では、お言葉に甘えて・・・・・・」


そういって一斉にかかっていくが、完全に殺気立っている。


(すまんなぁ。私の武術は一対一よりも、一対多を想定している武術なのだよ。決して馬鹿にしているわけではないんだがな)


心で謝罪はするが、半分以上はワザとである。


ようは鼻っ柱をへし折ってやる必要があり、相手の圧倒的有利な中で完膚なきまでに叩きのめすのが目的なのだ。


最小限の動きで躱していき、時に同士討ちを誘いながら、相手の動きを制限していく。


朝美が俊敏な動き、スピードで翻弄していくのに対し、黒騎士は体捌きで対応する。


対して黒騎士は全身の鎧兜が重く、スピードで翻弄するのは難しい上に、仮に軽装でも元々俊敏ではない。


あくまでも武術としてのテクニックで対応していく。


天性の感覚、素質で戦う朝美とは真逆なのだ。


次々に襲いかかってくるのだが、巧みな体捌き、位置取りで実質的には一対一に近い形で順次打ちのめしていく。


決してスピードで捉えられないわけではなさそうだし、かなり肉薄するも、最終的には攻撃線から消えてしまう。


掴み所がないというか、実感のないような感覚にとらわれる。


闘牛士のような躱し方というのが正しいのだろうか、自分の力が無効化される、いや、最悪黒騎士が本気を出せば、その力がそのまま跳ね返ってくるような気さえする。


結局、前に出た二十人が全て杖の一撃をくらって、下がることになったのだった。


(これはキツいな。見た目ほど重くはないが、それでも二十キロの鎧兜は重い。それに関節部分の動きがぎこちなくて思ったよりも身体が動かないな。いや、良い訓練になった。ちょっと、鎧兜を新調するようにキミュケールに相談した方が良いな、これは)


黒騎士は、疲労に満ちた表情を見られなくて良いことに感謝し、適当に暴言を吐く。


「なんだ、もう終わりか? こっちはまだ二時間はやれたんだが・・・・・・ まぁ、全員束になってかかっても結果は同じだ。これ以上は必要ないだろう。帰ってインゼル王にありのままを報告すると良い」


プライドの高いウィッセン国の兵達は「まだやれます。もう一度手合わせを!」と言ってるが、手で制し、首を振る。


(勘弁してくれ。こっちはフラフラだよ。それに私は宰相だぞ。非戦闘員だ)


全身で息をして、文字通り足下がふらついているのだが、誰も気付いていないようである。


指揮官だけは大人の対応をし、


「未熟な我々に喝を入れていただいて感謝します。これで自惚れも多少は改善し、一層の努力をしてくれるかと存じます」


と深々と頭を下げる。


その言動と姿を見た他の兵達も、同様に感謝の意を示し、深々と頭を下げるのであった。


「馬上とは違い、馴れない地上だ。諸君らも全力ではなかったであろう。その割には良い動きだった。また機会があれば手合わせ願おう」


黒騎士は追い打ちのようにややイヤミを込めて言い、王宮へと戻っていく。


午後は完全にベッドで横になり、怠惰に過ごすことになってしまったが、そのお陰でひまわりの庭園で王女と出会うのである。


兵達の間では、「黒騎士宰相の棒術は全員でかかっても適わなかった」と瞬く間に広まった。


「棒」と「杖」は違うのだが、黒騎士にとってはありがたい勘違いであり、訂正はしなかった。


少しでも流派や戦闘技術が正確に伝わらない方が好都合だから。


ちなみに、一対多の場合は、横の仲間が邪魔で、横薙ぎ、切り上げなど、斜めや横方向の攻撃を繰り出しにくい。


したがって、切り下ろしや突きなど、縦や直線の動きが多くなる。


流派の動きとして、これらの動きに対応するのが得意であり、結果有利になる。


加えて、集団戦術が多少できるといっても、多少というのが一番ダメなのだ。


生兵法は怪我の元というように、多少知っているが上に、あらが出る。


所詮、騎兵は集団戦闘が苦手な兵種なのだ。

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