訓練の申し出
翌日、いつものように重装騎兵の報告を聞き、訓練に顔を出す。
「黒騎士宰相、大変失礼ですが、お願いがございます」
そういって指揮官はこちらの表情を伺う。
兜をかぶっているため、表情が見えないのが不安だったのだろう。
どんな返答をされるか予想が付かず、萎縮している。
「聞けるかどうかはわかりませんが、できるだけ応じましょう」
黒騎士はこの段階で、指揮官自体の意思ではなく、もっと上、おそらくはウィッセン国王インゲルに予め言われていた何かではないかと予想していた。
「では。黒騎士宰相は武芸にも秀でていると伺いました。是非、稽古を付けていただくことはできますでしょうか?」
しばしの間、黒騎士は悩む。
黒騎士も武芸は嗜み、一般兵以上の戦闘力を誇るのではあるが、少々特殊である。
腰に差した独特な形状の剣による剣術、体術、杖術が戦闘スタイルであるが、あまりにもマイナーな流派ゆえ、素性の特定を恐れ、人前では披露していない。
通常のロングソードですら、一振りすれば、「ああ、あの流派か。で、あの国出身だから、あの剣術道場だな」といった具合でおおよそバレてしまう可能性は高い。
それに、戦闘スタイルを知られるというのは、弱点を晒すのも同義であるため、普通はしないものだ。
ウィッセン国王インゲルは、単純に黒騎士宰相の正体を知りたがっているのと、少しでも弱点を見つけようという魂胆であるとということが分かる。
が、ここで断るのも癪に障る。
それに、これから後は戦闘するシチュエーションも出てくるであろう。
いつまでも隠して出し惜しみしても仕方がない。
考えた末、杖術で対応することとした。
相手は重装騎兵だ。
さすがに馬上からは降りてもらい、地上で戦うにしても、武器は長物の方が得意だろう。
相手の得意なものを叩き潰さないと、納得はしないだろう。
そう考え、杖を選ぶ。
黒檀という木でできた、百二十八センチ、直径二十四ミリメートルの円柱状の棒である。
長い沈黙で、指揮官が恐怖に駆られている様子を見て、黒騎士は口を開く。
「ああ、すまない。何を披露するのが良いか考えていたのだ。もちろん構わないが、ご存じの通り、あまり個人戦闘を披露すると、色々と不都合もあるのでな。そこら辺はおわかりいただけているだろうが」
正直に答えると、指揮官も怒っているのではないと安心したようで、
「もちろん承知しております。ご無理を承知でのお願いです。できる範囲で構いませんので」
黒騎士は立ち上がり、
「では、馬上ではなく、地上でよろしければお相手いたそう。好きな獲物を持って、三十分後に野営地前にて行なうとしよう」
と指揮官にいうと、王宮に愛用の杖を取りに行く。




