王と毒薬
プルミエ国の布陣が固まった頃、ドルディッヒ王の周りに指揮官が集まり、最終的な作戦を確認する。
「いいか。両翼の弓矢隊は動かなくて良い。正面の弓矢隊を引きつけることだけを考えろ。相手が動きそうなら牽制で斉射しろ。あわよくば、後ろの軽装騎兵も釘付けにできたら最高だ。ヴィータ国のお前らは戦いたくねぇんだろ? だったらせめて足止めくらいはやれや」
そう言って、ヴィータ国の弓矢隊指揮官に指示を出す。
「中央正面の重装歩兵、まず正面からあたって、軽装歩兵をぶちのめせ。投槍さえ防げれば、あとは突撃で負けるはずはねぇ。最初に盾で押していけ。殺そうとするな。体当たりでぶちかませ。道を開くのがお前らの仕事だ」
ドルディッヒ王はお腹をさすりながら、重装歩兵の指揮官に指示を出す。
「ハッ!承知しました。王の道を作るべく死力を尽くします!」
指揮官は敬礼をして、一歩下がる。
「アールッシュ!お前は近衛兵団を引き連れて、俺の後を着いてこい。騎馬には追いつけないだろうが、後からゆっくりと着いてくりゃあ良い。意趣返しだ。敵から奪った槍を投げ返してやれ。目標は相手の両翼後方の軽装騎馬兵だ。あいつらは絶対に俺の突撃の後に中央に寄ってくる。それを防げ」
ドルディッヒ王はにやりと笑い、椅子に腰掛ける。
「承知しました。矢は尽きましたが、幸いにして相手が投げた槍がたくさんあります。軽装騎馬を王には絶対に近づけさせはしません!」
アールッシュもまた敬礼して一歩下がる。
「よし! 俺の軽装騎馬は相手の正面からあたり、中央突破を図る。ただ、正面の軽装騎馬には一切構うな。狙うのは最奥の本陣だ。先ほど焼き払われた本陣舞台奥の指揮官達をやる」
のぞみたちは布陣後に、狙撃に用いた櫓と本陣としていた高さ三メートル、三十メートル四方の舞台を焼き払っていたのだ。
そして今はそれよりもやや奥の拠点前に立っている。
「一度、すれ違った軽装騎馬に追いつかれることはねぇ。交戦と見せかけてスリ抜きゃあ、あとは本陣まで一直線よ。同じ兵科同士をぶつけ合うと勘違いしたら大間違いだぜぇ。はっはっはっはっは!」
高らかにドルディッヒ王は笑うが、いくつか作戦に穴があることは誰も指摘しない。
本陣にいる敵指揮官が影武者の可能性、指揮官を討ち取っても相手が抵抗を止めない可能性などキリがない。
しかし、どれも考えてもキリがないものであり、それを踏まえて皆口を噤む。
言ってる策は基本的に真っ当で、勝算が十分にあるのだ。
大筋で異論はない。
「わかったら、三十分後に作戦開始だ。ものども準備にかかれ。ぬかるなよぉ」
ドルディッヒ王の言葉を最後に、アールッシュ以外の全てのものが天幕から退出する。
皆がいなくなったことを確認すると、アールッシュはドルディッヒ王の元に駆け寄り、声をかける。
「ドルディッヒ王、どこかお身体の具合が悪いのでしょうか? しきりにお腹をさすっておいででしたが・・・・・・」
普段より側使いをしているアールッシュは異変に気付いたのだ。
「ああ、なんか昼寝から覚めた後から腹の調子が悪くてなぁ。まぁたいしたことじゃねえんだが」
といって、腹をさする。
ドルディッヒはエルドス近衛兵長に別れ際に託されたものを思い出す。
「アールッシュ近衛兵長へ アインハイツ将軍の守る輜重隊にドルディッヒ王専用の食糧がある。そこに開封された痕跡をみた。万が一王が口にし、体調不良を訴えた際、あるいは、そうでなかったとしても体調不良の際にはこの丸薬を飲ませると良いだろう。私からのものとなるとドルディッヒ王も口にすまい。恥ずかしながら王の信認は貴殿の方があるようだから、貴殿に託す」
そんなメモと一緒に丸薬が二つあったのだ。
平野に到着し、しばらくして人気のないところでメモを見たのだが、すでに輜重隊の王の食糧は王専用の天幕に運ばれ、対応できなかったのだ。
エルドスの予感が正しかったことを確信し、感謝しかない。
「ドルディッヒ王、お止めしても出陣は見送ってくださらないでしょう? では、せめて、私の持つ薬を服用してから五出陣くださいませ」
そう言って、アールッシュはお湯を用意させ、丸薬をドルディッヒ王に服用させる。
近衛兵団の鎧を纏った兵がお湯を運んでくる。
負傷したため、医療班の手伝いをしているとのことだった。
負傷者が増えたため、戦力外の兵から傷病者の手当を行なうよう駆り出されたのだ。
一人の傷病者が出ると、それ以上の兵が手当等に駆り出されるため、言い方が悪いが死んでくれた方が実は軍の維持は楽である。
近衛兵団は残念ならがお飾りの非戦闘員と言われても否定できず、こういった役目に回されることも多い。
「おお、すまないな、アールッシュ。ガラにもなく緊張して腹下したのかも知れねぇなぁ。馴れない森でちぃとばかし疲れもあったのかも知れねぇ。なんだか、腹の調子も良くなってきたみてぇな気がするぜ!」
そういって、ドルディッヒ王は立ち上がる。
「ははは。さすがにそんなに早くは効きませんよ」
そう言ってアールッシュは天幕から勢いよく飛び出していくドルディッヒ王の背中を見送るが、笑顔とは裏腹にアインハイツ将軍への憎悪が殺意に変わるのであった。
(何か仕掛けてくるかもとは思っていたが、毒殺か。どこまでも卑劣なヤツだ。そのためアリバイ作りとして陣不在を装った可能性もあるな)
アールッシュはアインハイツ将軍への漠然とした不信感が王の暗殺だと確信し、さらに警戒を強める。
(背後の森からの急襲に気をつけねば。援軍を装って突撃し、背後からやるという魂胆だろうが、全てお見通しだ)
事態が動いた以上、エルドス近衛兵長が気がかりだが、そうも言っていられない。
本当は合流したいのだが、そもそもエルドス近衛兵長が無事とは限らない。
今できることに集中すべく、作戦の成功に意識を向ける。
まずは、作戦成功。
無事に本陣に戻り、以後のことはそれからだ。
今夜、アインハイツ将軍のことを王の御前で指揮官達に報告しよう。
アールッシュはかつてない怒りに肩を震わせて天幕を出て行く。
水を下げに来た近衛兵長は、その様子を見てビクつくがすぐに目を伏せ、業務をこなす。




