決戦に向けての戦略
「すみません。アスさん。戻りました。何か動きはありましたか?」
のぞみは本陣の台に戻り、アス老人に尋ねる。
「うむ。こりゃあ、まさかまさかの予想的中じゃぞ」
そういって、敵陣を遠く見つめたままのぞみの方を見ずに言う。
「では、予想通り、物資がない、と?」
のぞみは確認する。
「うむ。戦場に到着したときから輜重隊の数が少ないとは思っておったのじゃ。着いた輜重隊も拠点構築を始めたわけじゃから、その多くは木材などの資材だったわけじゃ。食糧や武器などはほとんどないと言って良いじゃろう。今、あらかた中央の部隊の矢を射ち尽くさせたワケじゃが、かろうじて生き残った者達に矢を渡したのは、左右の部隊のものじゃ」
アスはまだ目を反らさずに答える。
「本陣に輜重隊がいるにもかかわらず、そこから矢を補充ではなく、左右の部隊から譲り受けている。分け合っているなんて、本当にないんだね」
のぞみも敵陣を遠目に見て、アス老人、テラガルドの分析が正しいことに驚く。
これは普段輜重隊に関わっているからこそ気付くことであろう。
「やはり、輜重隊のメインはアドランデ将軍、アインハイツ将軍の元でしょうか?」
テラガルドが戻ってきて、会話に参加する。
「まぁ、そういうことになるだろうね。アドランデ将軍説が濃厚かなぁ」
のぞみが返答する。
「さて、こうなると、持久戦も悪くないのぉ。時間が経って物資が無くなると、焦るのはあやつらの方じゃ。無論、後続が到着しない前提じゃが」
アス老人はようやく振り向いて笑う。
「敵の総被害数はどのくらいでしょうか?」
のぞみがアス老人に尋ねる。
「推定で七百近い。少なくとも五百はいったじゃろう。ヴィータの正面弓隊、プルミエの弓隊は壊滅じゃ。拾って投げたの含め、合計二千本の槍が降ってきて、突撃されたんじゃ。正面はボコボコじゃよ」
「こちらの被害はどれくらいでしょう?」
テラガルドも尋ねる。
「先のスパツェロ以外は十人くらいかのう。半分はあちらの王様が暴れたものじゃ」
「意外と個人戦闘力があるのかもしれませんね・・・・・・」
テラガルドは素直に感想を述べる。
「相手は布陣を変えないのかなぁ。こっちは変えたいんだけどなぁ」
のぞみは本日中の決着をみるか、あえて輜重隊、援軍到着のリスクを取って持久戦にするかを悩んでいた。
「とりあえず、確認含めて、もう一回走ってもらおうかな?」
そういって、伝令を飛ばし、十分後に騎馬を再び走らせるが、もはや敵は矢を射たない。
二度目も走らせたが、明らかに射つ気もないのか、中には弓構えすらとらない兵もいる。
「これは明らかにボクらの意図に気付いたのと、矢を節約しているね。ということは、相手も物資がないのがバレていることは知っている、と」
のぞみは微笑むと、大まかに方針を決めた。
「形上、持久戦を取るよ。ただ、相手が気付いた以上、日没直前に捨て身の特攻をかけてくる可能性が高い。そこを狙うよ」
物資がないということに気付かれた以上、相手は持久戦に持ち込むのが常法であろう。
ましてや、守る側は相手を殲滅する必要はない。
追い返せば良いのだ。
矢数が限られているのであれば、攻撃のチャンスでもあるのだが、ただ防御に徹し、時間が経てば相手が退却してくれるのであれば、攻撃のリスクを冒すよりははるかに良い。
プルミエ国もそう考えるであろう。
この後、すぐにフラハーが攻撃を仕掛けない限りは、持久戦を決定したと判断するはず。
であれば、今日はもう衝突はないと判断し、油断するところを叩くという選択肢が生じる。
無論、ベストは援軍が到着することだ。
物資は補充され、およそ二千の主力が来るのだ。
プルミエ国にとっては勝利は確定的だと言っても良い。
ただ、そもそも遅れていた行程は半日から一日であり、交戦がどれだけ時間がかかるかわからない。
明日の朝を迎えたときに到着していないと、最悪のコンディションで敵と対峙しなければならなくなる。
まだプルミエには重装歩兵五百、軽装騎兵百、ヴィータ国の弓兵千三百がいる。
戦闘力は期待できないが、工兵、輜重隊も各百名いる。
総勢二千を超えているのだ。
見えているフラハー国の兵数は軽装騎馬三百、弓隊五百、軽装歩兵七百と千五百だ。
兵数では勝っている。
兵科の有利不利さえ間違わなければ、むしろ勝機はプルミエ国の方がある。
実際は森の伏兵がいるため、そんなことはないのだが。
そのため、援軍を待たずに勝負を決めに来ることは十分にあり、タイミングとしては夕方の一番油断しているときだろう。
そう読んだ、のぞみは一度太鼓の音を止めさせ、百メートル以上後退を指示。
午後の三時までは多少気を緩めても良いと指示を出す。
精神的に張り詰めているかどうかは、疲労に大きく関わるため、実はこの指示は非常に大きい。




