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カンナグァ戦記  作者: 樹 琴葉
第二部 第二次プルミエ侵攻
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狙撃と軍規違反

「アスさん、少しずつ、円陣が横陣に近づいてきましたよ。思ったよりも効果があって意外です。そろそろ琴葉ちゃんとティラドールさんの櫓に到達します」


そういって、のぞみは予想以上の成果に目を輝かせる。


実のところ、これはアス老人の案である。


教科書的な戦いを得意とするのぞみであるが、一か八かというギャンブルは苦手であり、心理戦や奇策というものの発想が不得手である。


むしろ、そういうものは琴葉の方が得意といえよう。


「ふぉっふぉっふぉっふぉ。結果として上手くいってよかったのう。実はこれは、わしがエムエールのエイザム士官学校で教鞭を執っていたときに天才と謳われた学生が提案してきた策の1つなのじゃ。いつか実戦で試せたらと思っていたんでの。実験させて貰えて嬉しいわい」


そう言って、アス老人も微笑む。


アス老人は軍人として活躍した後に、数年だけエイザム士官学校で教鞭を執ったことがある。


のぞみたちの在学中ではなかったようだが、その短い教員期間の中でのことだったのだろう。


シークンドは在学期間中だったようで、お互いに知っていたようだが、お互いに必要以上に周囲にそのことを言わないようにしたため、実は面識があることをフラハー王含め、三人しか知らない。


アス老人は、まさか本当に相手の陣形が崩れるとは思わなかったのだろう。


意外そうな結果に驚いている。


時間稼ぎを狙っている相手に、時間を与えたくなかったのぞみとアス老人だったため、敵国含め最もこの一時間を長く感じていたのは実はこの二人であった。


安堵すると、次の行動の確認に移る。


「さて、相手はどう出るかなぁ」


のぞみは呟くと、アス老人も首を捻る。


「なにしろ弓兵者からな。突撃してくる可能性がほぼないだけ、こちらにデメリットはないが、何らかのリアクションは欲しいの」


「そうですね。膠着状態は最も避けたいところですから」


のぞみも同意する。


どうやって、揺さぶりをかけ、相手を動かし、隙を作るか・・・・・・


その一点に集中する。


「考えても仕方ない! とりあえず、予定通り、次の行動に移るよっ」


そう言うと、のぞみは剣を振り上げ、今度は大きく回す。


この一時間、何度ものぞみを全軍が注視してきたため、敵にも動揺が走る。


延々と繰り返された同じ動作が変わったのだ。


剣の回転が止まり、勢いよく振り下ろされる。


直後にプルミエ国、正確にはヴィータ国弓兵部隊に戦慄が走る。


ヴィータ国の左翼の弓兵指揮官が狙撃によって、胸を射貫かれ倒れる。


次いで、右翼の指揮官も狙撃によって倒れる。


ただし、一射目は外れ、となりの弓兵にあたり、二射目が指揮官の腕にあたる。


致命傷ではないが、戦闘不能は間違いない。


狙撃された周囲は騒然となるが、混乱が全体に渡ることはなかった。


狙撃箇所は櫓だとわかっており、そこから以外の弓矢は完全に射程外である。


しかも、そこから狙撃されるとわかってさえいれば、避けるか防ぐかは十分に可能な距離だった。


さすがに、混乱し、ちりぢりに散開ということは期待していなかったが、全軍数十メートル後退くらいはする可能性は考えていたのぞみとアス老人だったが、不発を知ることになる。


だが、両翼の指揮官を狙撃により戦闘不能におとしめたのは大きい戦果だ。


ただでさえ練度の低い兵に指揮官が不在となっては、半減以下であろう。


琴葉とティラドールとしては作戦大成功である。


狙撃後にすみやかに櫓からおり、ちょうどその位置を取り囲むように到達していた弓隊の歓声に迎えられ、さながらホームランを打った打者を迎え入れるようになっている。


単身、琴葉とティラドールは弓隊を抜け、本陣ののぞみとアス老人、テラガルドへ合流する。


のぞみらは両者を抱きしめて迎え入れる。


「すごいじゃないか!ボクは、まさか二人ともあたるとは思わなかったよ!」


そういって、抱きつこうとするのだが、琴葉は怒りを滲ませて素通りし、ティラドールへ歩み寄ると、勢いよく平手打ちをする。


「なぜ、二射目を射った! 作戦は一射のみって言ってあったはずだよ!」


そういって、睨む。


祝福ムードが一転、緊張で凍り付く。


「すみません。一射目を外したのですが、敵は何があったのかわからず固まっていたように見えたので、二射目を・・・・・・」


ティラドールはそういって、うつむいて目を反らす。


「あたるかどうかはどうでも良いの! 狙撃手で最も大事なことは、狙撃後にすみやかに退避すること。それは訓練中も何度も言っておいたはずだよ!」


そう言って、琴葉はティラドールを睨む。


「はい。・・・・・・すみませんでした。櫓の下には弓兵がおり、その前には騎兵もおりましたので、あと一射くらいは問題ないかと・・・・・・」


ティラドールなりの判断であり、言い分があったのであろうが、琴葉は途中で遮る。


「言い訳はいい! そういう甘さが命を落とすことになる。火矢で櫓が燃やされたら、下に兵がいても関係ないんだよ? 森に伏兵がいないと断言できる? 相手に魔法使いがいたら? もっと最悪なケースは、自軍に裏切り者がいたら? 死ぬよ?」


そこまで言うと、琴葉はポロポロと涙を流し、うつむく。


「すみません。そこまで考えが及びませんでした。申し訳ない」


と、ティラドールも自身の行動の甘さを認識し、反省、泣きながら琴葉に謝るのだった。


しばらくは二人にした方が良いという判断で、後方でテラガルドが付き添い、下がらせる。


実際に、琴葉が言うことは正しく、狙撃手はいかに狙撃後に素早く撤退するかが大事である。


近接戦闘員をかねることは珍しく、狙撃箇所を特定され、報復される可能性は高い。


従って、ジッと待つイメージと異なり、狙撃手のトレーニングは、狙撃場所からのすみやかな離脱のための走り込みがメインである。


射ったら走る。


超基本原則であり、絶対的なルールであるため、これが守れないようでは狙撃要員を務める資格がない。


しかも、ティラドールは指揮官でもある。


死ぬことは指揮官を失うことになり、全体に影響を及ぼすため、軽率な行動は許されないのだ。


作戦全体への影響をも考えると、琴葉の怒りは尤もであり、本来であれば、のぞみが軍規違反で処罰を言い渡す場面でもあるのだ。


とはいえ、結果として、両翼の弓隊の指揮官を討ち取ることに成功した。


良しとしようということにし、のぞみとアス老人は次策に移る。


「敵軍の様子を見ると、落ち着いて陣形を維持しているというよりも、思考停止で固まっている感じに見えるなぁ」


のぞみは首を捻る。


「そうじゃな。おそらくそうじゃろ。敵としても結果オーライじゃ」


再び敵軍正面を見ると、先ほど同様に剣を振り上げる。


太鼓の音が再度戦場にこだまする。


アス老人が太鼓係に指示を出し、こっそりと先ほどよりもリズムを早め、心理的な不安、緊張を高めるように細かい施策を行なうのであった。

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