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カンナグァ戦記  作者: 樹 琴葉
第二部 第二次プルミエ侵攻
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戦場にこだまする太鼓

 本陣で輜重隊が開戦を伝えるホラ貝を吹き、盛大に太鼓を鳴らす。


普段であればこんな演出は行なわないのだが、相手に静かな圧をかけることを考え、今回は採用した。


太鼓が、ドン、ドン、ドンと早めの心拍数と同じくらいのリズムを刻む。


聞くものに自然と高揚感を与える。


のぞみは数十秒ごとに指揮棒代わりの剣を振り上げる。


実際には予め指示を出していたのであるが、のぞみの指示は敵にも遠目で視認できているはずだ。


のぞみに注目が集まり、剣先を敵も注視する。


振り上げる度に、全軍が三歩前に出て止まる。


数十秒太鼓の音だけが戦場に響き渡り、またのぞみの剣が上に上がる。


再び全軍が三歩出て止まる。


これが何度も繰り返される。


一時間近くの時間をかけ、心理的圧迫をかけていく。


本当は時間稼ぎをしたいプルミエと、そうさせたくないフラハーの実情と心理に逆転現象が生じるが、当人達の意識外で支配されていくのである。


少しずつ、確実に近づいてくるフラハー国の軍に対し、少しずつプルミエ国に動揺が走る。


指揮官から伝令が飛んできて、「徐々に敵が近づいてきます。どうすれば良いでしょうか?」と聞いてくるのだ。


最初は「落ち着け。圧をかけているだけだ。今の陣形を待機、維持しろ。不用意に動くな」と指示が出されるも、だんだんと指揮官も自信がなくなってくる。





 ヴィータ国の弓矢隊は元から援軍であり、本当に戦闘を行なう気もなかったし、そのように指示を受けている。


指揮の面でも決して高いわけではなく、人選からしても練度は低い。


中央部分はプルミエの弓矢隊が加わって層を厚くし、直後にドルディッヒ王が控えるため、後退ができない。


代わりと言っては何だが、動けない中央ではなく、両翼が前進する。


戦場の正面に意識が行くのは当然である。


正面から一歩ずつ着実に敵が近づいてきているのだから。


加えて、相手指揮官が剣を振り上げる度にそれが行なわれるとあれば、自然と部隊もそちらの方向を向いてしまうのだ。


必然的に両翼が動いてしまうのはやむを得ないことでもある。


軍はその隊列から横に合わせるように連動してしまう。


そのため、動けない中央に合わせることになり、後ろではなく、前に移動してしまうのだ。


半円を描くように、正面中央と、左右の森に対しても弓矢隊が向いていたのにもかかわらず、徐々に円の丸みが取れ、横陣に近くなっていく。


意識が中央、正面へと向かい、伏兵が潜んでいる可能性がある森からだんだんと外れていく。


中には少しずつ隊列が乱れていることに気付くものも現れるが、正面の敵が少しずつ歩み寄ってきているのである。


特に指摘するものもいない。


急に相手の騎馬が突撃してきても対応できる距離さえあれば良いため、あえて矢を番える準備はさせない。


緊張感がそれほど持続するわけもなく、肉体的精神的疲労もたまる上、弦が切れたりもする。


ゆえに、ただ、ひたすらに太鼓の音を聞かされ続け、相手の一歩一歩を見ているだけである。


戦場での一時間は長い。


中には発狂寸前となり、耳を塞ぐものもでておかしくないのである。


が、残念ながら、音の攻撃に防御手段はない。


プルミエ国にとっての唯一の朗報は、王が揺らがなかったことである。


「あ? 別にドンドコ鳴ってるだけじゃねぇか! むしろ景気が良くって、こっちの士気まで上がってくるってモンだ。いやぁ、戦場に来たって感じがすんなぁ! はっはっはっはぁ」


となぜか高笑いである。


この余裕が多くの指揮官を安心させ、動揺が一定以上に広がらなかった大きな要因であった。


のぞみとしては予想以上に効果を得たのだが、プルミエ国としては予想以上に最小限に食い止めた形だ。

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