残された少女について
足元に転がってきた紙くずをリリアーヌは拾い上げる。
「ちゃんと片付けなさい、」
小さな教会で丸めた紙を量産しているのはマーガレットだ。
主祭壇に誂えられたステンドグラスを透したカラフルな光が、マーガレットの金髪をプリズムのように彩っている。
マーガレットはリリアーヌに返事をすることなく、ただ、鼻をすすった。
リリアーヌはわずかに眉を寄せる。そして、マーガレットの前の列に座ると、椅子の背越しに彼女の手元を覗き込んだ。
「ここ、綴り間違ってる」
マーガレットはやはり返事をしない。ただ、リリアーヌが指摘した個所を消しゴムで消した。しかし、マーガレットの強い筆圧は、黒鉛が消えても、紙上に筆跡を残している。その上に、ぱたぱたと雫が落ちた。
マーガレットの天空の青の瞳からこぼれ落ちる涙は、晴れ間に降る雨と同等に、珍しい光景だ。
リリアーヌは小さく嘆息すると、ぽん、とマーガレットの頭の上に右手を乗せる。
「メグ、初めて悪魔と対峙したのに適切に対処できていたわ」
リリアーヌの慰めに、マーガレットは首を振った。
そして、噛みしめていた薄い唇を開いた。まるで懺悔するかのように囁く。
「だめ、じゃなくて、行かないでって言えばよかった」
***
空が黒い霧に覆われた時、
空を見上げて叫んだ少年は、リタを振り返ると左手でリタの右手を取った。
「一緒に行こう、俺たちは離れちゃいけないんだよ」
「リタ! 行っちゃダメだ!」
割って入ろうとするのはマーガレットだ。リタの左手を掴む。
リタはマーガレットを見た。逡巡するようなまなざし。しかし、それは一瞬ことで、リタは、一度少年を見やると、再びマーガレットへと向き直った。
「リタ!」
リタはマーガレットの手を引いた。引き寄せたマーガレットの指先をほほに当てる。
「…… メグ、仲良くしてくれてありがとう」
しかし、告げられた言葉は明らかに別れを予感させるものだった。事実、彼女はマーガレットの指先に頬ずりをすると、そっとその手を解放した。
少年はわずかに眉を寄せたが、何も言わなかった。ただ、彼は姉の手を強く引き、マーガレットと離れるように促した。
「リタ! ダメだってば!」
「弟が私を必要としているように、私にも弟が必要なの」
「リタ、だめ ……」
「伯爵、どうぞ私とリコを連れて行って」
彼女がそう告げた瞬間、天空を覆っていた黒い霧が一気に下降し、辺りを暗闇に包みこんだ。
マーガレットは繰り返し友達の名前を叫んだが、答えはなかった。
黒い霧をかき消そうと両手で払ってみても、膨大に広がるそれに、手ごたえなどなく、むなしく空を斬るのみだ。
黒い霧が晴れた後、何事もなかったかのように青空が広がっていた。
***
嗚咽をかみ殺すマーガレットに、リリアーヌは慰める言葉を持たない。
ただ、できる限りの優しさで、マーガレットの頭に乗せた手をゆっくりと動かした。
「あの子のパイプオルガン、一度、聴いてみたかったわ」
パイプオルガンを見てリリアーヌが呟けば、マーガレットは耐え切れなくなったのか、小さく嗚咽を漏らした。




