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私たちは頽廃している  作者: StellA
リリアーヌによる本件に関する見解
27/28

残された少女について

 足元に転がってきた紙くずをリリアーヌは拾い上げる。


「ちゃんと片付けなさい、」


 小さな教会で丸めた紙を量産しているのはマーガレットだ。

 主祭壇に誂えられたステンドグラスを透したカラフルな光が、マーガレットの金髪をプリズムのように彩っている。


 マーガレットはリリアーヌに返事をすることなく、ただ、鼻をすすった。

 リリアーヌはわずかに眉を寄せる。そして、マーガレットの前の列に座ると、椅子の背越しに彼女の手元を覗き込んだ。


「ここ、綴り間違ってる」


 マーガレットはやはり返事をしない。ただ、リリアーヌが指摘した個所を消しゴムで消した。しかし、マーガレットの強い筆圧は、黒鉛が消えても、紙上に筆跡を残している。その上に、ぱたぱたと雫が落ちた。


 マーガレットの天空の青(セレストブルー)の瞳からこぼれ落ちる涙は、晴れ間に降る雨と同等に、珍しい光景だ。


 リリアーヌは小さく嘆息すると、ぽん、とマーガレットの頭の上に右手を乗せる。


「メグ、初めて悪魔と対峙したのに適切に対処できていたわ」


 リリアーヌの慰めに、マーガレットは首を振った。

 そして、噛みしめていた薄い唇を開いた。まるで懺悔するかのように囁く。


「だめ、じゃなくて、行かないでって言えばよかった」



 ***



 空が黒い霧に覆われた時、

 空を見上げて叫んだ少年は、リタを振り返ると左手でリタの右手を取った。


「一緒に行こう、俺たちは離れちゃいけないんだよ」

「リタ! 行っちゃダメだ!」


 割って入ろうとするのはマーガレットだ。リタの左手を掴む。

 リタはマーガレットを見た。逡巡するようなまなざし。しかし、それは一瞬ことで、リタは、一度少年を見やると、再びマーガレットへと向き直った。


「リタ!」


 リタはマーガレットの手を引いた。引き寄せたマーガレットの指先をほほに当てる。


「…… メグ、仲良くしてくれてありがとう」


 しかし、告げられた言葉は明らかに別れを予感させるものだった。事実、彼女はマーガレットの指先に頬ずりをすると、そっとその手を解放した。

 少年はわずかに眉を寄せたが、何も言わなかった。ただ、彼は姉の手を強く引き、マーガレットと離れるように促した。


「リタ! ダメだってば!」

「弟が私を必要としているように、私にも弟が必要なの」

「リタ、だめ ……」

「伯爵、どうぞ私とリコを連れて行って」


 彼女がそう告げた瞬間、天空を覆っていた黒い霧が一気に下降し、辺りを暗闇に包みこんだ。


 マーガレットは繰り返し友達の名前を叫んだが、答えはなかった。

 黒い霧をかき消そうと両手で払ってみても、膨大に広がるそれに、手ごたえなどなく、むなしく空を斬るのみだ。


 黒い霧が晴れた後、何事もなかったかのように青空が広がっていた。



 ***



 嗚咽をかみ殺すマーガレットに、リリアーヌは慰める言葉を持たない。

 ただ、できる限りの優しさで、マーガレットの頭に乗せた手をゆっくりと動かした。


「あの子のパイプオルガン、一度、聴いてみたかったわ」


 パイプオルガンを見てリリアーヌが呟けば、マーガレットは耐え切れなくなったのか、小さく嗚咽を漏らした。

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