開明獣との戦い(2)
「ダオレとあの化け物の姿が見えなくなったぞ!」
アルチュールは叫ぶが既に天井の開口部を越えて、ダオレと開明獣の姿は消えていた。
「いったい、何が起こっているんだ……」
一方、一人と一匹は光あふれる世界で更なる死闘を繰り広げていた。
最早そこは書庫というよりは太古の石版の収納場所であった。
足場も消え失せていたが、不思議とダオレも開明獣も安定して立っている。
「無限の光は眩しかろう? のう――よ?」
「…………………」
開明獣はダオレに問いかけたが彼は答えなかった。
替わりに鉈の一撃が重く放たれる。
だが獣はそれを軽々と躱すと、再び氷の息を吐いた。
またもやそれを鉈で受け止める。
「石版は熱に弱いはず、安易に息を吐いて良いものかな?」
「おぬしも知っておろう、我々の文明はそうやすやすとは破壊されぬぞ」
「そうでしたね……」
開明獣は手を挙げた。
「無限の光の放射を見るがいい!」
すると石版の隙間から、機械音がして無数の砲塔が現れそれらはダオレに狙いをつけた。
「神の右手の照射か……! 解っているのですか開明獣? こんなものを使ってはあなたも無事では済まない!」
「お前を倒すためでもある、仮令共倒れになろうともな」
開明獣が言い終わるや否や四方八方から光の矢が放たれた。
ダオレの身体能力は凄まじく、今まで以上のスピードでそれを避けてゆく。
一方の開明獣はそれの一撃を避け損ねて、熱傷を負ったが全く意に介していなかった。
「開明獣! これで判った筈だ、無限の光ではぼくを倒すことはできない」
沈黙していた獣が再び口を開くまで少々かかった。
「無限」
すると再び天井に開口部が生じた。
薄暗い部屋、そこには鉄の匣が恐ろしい数……まさに無限あるかのようにびっしりと暴力的な数を晒していた。
それらは雷霆を放ち唸り声を上げながらところどころ震えている。
ダオレはそれらを見遣って一目で理解した。
「なるほど……ここが失われた時代の記録の集合体か――、騎士団は斯様なものを守っていたとはね」
「騎士団はこれを別段守ってはおらぬぞ、重力的な蓋があったのに気付いておるのだろう?」
「そう、気づきました開明獣」
「あの蓋を開いてお前たちを招き入れたのは、このわしだと言ったら?」
「すべてあなたの手のひらで踊らされていたことになる」
「………………これ以上の戦いは無駄のようでもあるしな」
「開明獣、あなたは――」
そう、言いかけてダオレは言葉を飲み込んだ。
そして己の敗北を知った。
「なにお前は精一杯戦った、戦う技量もあった。認めよう――付いてくるがよい」
開明獣は無限とも思える部屋の重力のない、中空を爪で裂いた。
「無」
暖かな虚無が、劫初の無がダオレと開明獣を包み込んだ。
どれくらいの時が過ぎ去っただろう?
そこで、ダオレは眼を覚ました。
そこには大掛かりな装置があった。
それには共通の中心をもつ垂直の円と水平の円がある。この時計は黒い鷲に支えられている。垂直の円は青い円盤になっており、白の境界線で32の区画に分割されている。円盤上では指針が回転している。水平の円は四色(小豆、オリーヴ、レモン、黒)で構成されている。こちらの円の上には振り子をもった侏儒が四人いて、円の周囲には、それを取り巻くように輪が配置されている。この輪は以前は黒だったが、いまは黄金色である。
「これはジオムバルグめがお前の仲間に見せた宇宙時計よ、今は停止しているがな」
「これが、宇宙時計か……! ジオムバルグが見せたですって!? 誰に?」
「お前たちの仲間の赤い瞳の青年だな」
「ゴーシェですか……!」
「ここまで来た記念だ、ここの団長が持ち帰ってほしい本を渡そう」
「そうでした。ぼくはあなたのお眼鏡に適いましたか? 開明獣」
「当然であろう、なぜならお前は――」
その声が聞こえるか聞こえないうちにダオレの意識は闇に消えた。
※※※
三人が意識を取り戻すと倒れていたのはあの総記の部屋で、外はすっかり夜になっていた。
「ここは……入り口の部屋?」
固い床から身を起こすとオリヴィエは残りの二人の意識を確かめた。
良かった、眠っているだけだ。
何やらダオレの手には絵入りの四六版の本があるが、これが目当ての本であろうか?
「ダオレ、アルチュール起きてください!」
オリヴィエは半ば強引に二人を揺り動かすと、漸く眼を覚ましたようだ。
特にダオレは戦闘から疲労の色が濃い。
「ここはどこだ……?」
「最初の部屋だ、戻されたらしい」
「……開明獣、結局温情を掛けられましたか」
三人は口々に感想を漏らしたが、だがそのとき「異形の地」の階段を猛スピードで下ってくる影があった。
「団長!?」
三人の声が重なった。
「馬を用意してある! 直ぐに戻れ、敵襲だ!」
団長ゲオルグと三人は階段を駆け上がった。
「敵襲!? いったい誰です?」
ダオレは団長に訊いた。
「装備から見て新王国の正規兵だぞ、何故だ? 我々は新王国とは無関係にここで自給自足してきたはずだ」
「ゴーシェの事がばれたんだ!」
馬に乗りながらアルチュールは絶叫した。
「しかし何故判った? 相手には神通力でもあるのか」
団長は鼻で笑うがダオレの目は笑ってなかった。
そして漸く乗った馬を御しながらこう言った。
「相手には強力な巫子がいるのです、今までも何度か正確に襲撃されてきました」
「解った、急ごう」
団長は馬の腹を拍車で蹴ると、先行した。




