少女の「死に至る病」
「何っ!? ジラルディンが例の発作を起こしただと?」
ジラルディン付きの侍女から報告を受けた、シグムンドはいつになく焦りを隠せずにいた。
死にものぐるいで塔の螺旋階段を昇る。
突っ立てる番兵を押しのけると、シグムンドは荒々しく彼女に駆け寄る。
「ジラルディン!」
ジラルディンのベッドはやはり身分の高い小さな男の子の寝るような寝台で、天蓋にはぴかぴか光る作りものの星が瞬いていたが、そこに横たわっているジラルディンは、ベッドとは対象的に女物の絹の寝巻きを着ていた。傍らには小さな盥があり、そこに酷く吐きもどした様子だ。
「ジラルディン!」
「……う、あぁっ、ああっ!」
彼女は応えようとしたが、声は声にならず呻きを絞り出すのみであった。
「嗚呼、なんということだ……何も言わずとも良いぞ、辛いのであろう?」
白いシーツの上に黒い髪が絹糸のように流れていた。
「……私は、私は姉上のように惨たらしく死ぬのか?」
ジラルディンは左手をシグムンドに差し出すと彼の右手を握った。
「ああっ……、ううっ、あ――」
「喋るなジラルディン、これがアルテラ王家の呪われた血か! 何故彼女が、斯様な事に?」
ジラルディンの6つ上の姉も時々この様な発作を起こしてその末に亡くなったのだから、シグムンドの心配は杞憂とは言えなかった。
その間にもジラルディンは頭を抱えては呻いている。
「――うああぁっ、あぁぁ……」
遂にシグムンドは彼女を抱きしめると、細い絹のような髪を掻き分けその体温を確かめた。彼女は女性として出るところは出ていたが、とても華奢で折れてしまいそうな身体をしていた。
「済まない……」
「しぐ、むんど……」
「済まない、ジラルディン俺はお前を死なせたくはない」
「良いんだ、良いんだシグムンド……。もう少し、こうしていて呉れるか?」
「……ジラルディン」
シグムンドは彼女を女性としても愛してはいたが、血を分けた肉親としてもまた愛おしく思っていた。
「シグムンド……私は視たのだ」
「良いのだ今喋らなくとも!」
だがジラルディンは話を続けた。
「そこは海辺で誰かが波打ち際に打ち上げられている。そこに私が通りかかるのだが彼は眼を覚ましわたしを別の名で呼ぶのだ」
「別の名? ジラルディン・ルチア・ユーディットあなたの名前はこれに相違ない筈、別の名とは?」
彼女はもう一度寝台に横たわると目を閉じた。
「憶えていないのだ……ただ女の名であった」
「また巫子の幻視か……」
「光の帯が見える」
「ジラルディン、休んでいろ」
「解っている、ただ夜になる頃には……回復している大丈夫だ……」
それきりジラルディンは黙って目を閉じしてしまった。
部屋を見回したシグムンドは、足の踏み場もない程散らかった彼女の玩具を片づけ始めた。
ミニチュアの騎士と馬、兵隊が沢山、チェス盤と駒、カードゲームのカード、騎士の竜退治の物語の本。
そんなものが足元に隙間なく散らかっていた。
恐らく彼女が『発作』を起こす寸前まで玩具で遊んでいたのにちがいなかった。
シグムンドは彼女に何度かチェスを挑まれたことがあるが、腕前は互角であった。
それらを勉強机の傍らにある玩具箱に片づけた。
机の上には数冊の冒険ものや英雄譚の本が置いてあってそれを書棚に戻そうとすると、そこにはひどく歪められたジラルディン自身を描いた絵が挟まっていた。
その絵はむしろ上手だったしよい出来栄えなのだが、どこかしら見る物を不安にさせる物があった……
ともかく心配で胸がつぶれそうになりながら、シグムンドは塔を後にした。
城の自室に戻るとまたあの猿のような男が話しかけてきた。
「またお嬢さまのところに行っていたのですか、公子?」
「火急の事態だ仕方あるまい」
「食事を運ばせてあります」
テーブルの上には豪華な食事がどっさりと置かれていたが、シグムンドはあまり手を付ける気にはなれなかった。
「アッシュはなにをしている?」
「国王陛下は儀式に臨んでいまする」
「ふん、巫子の血を受け継がなかったものが王の儀式とは笑わせる」
「仕方ありますまい、女子にしか遺伝はできませぬ故……」
「国祖アルテラは女王ではないか、いつの間に男系になったやら」
「そう言われましてもまだシグムンド様にも機会はありますぞ?」
「俺は王になる気はさらさらない、アッシュの摂政で充分よ」
「ふむ……しかし世間はどう思っていることやら」
「他人の評価など捨て置け」
そう言ってシグムンドはテーブルの上の鶏肉料理をつまんだ。
「お口に合いましたかな?」
「お前が毒味をした後であろう、俺は疲れた少し寝る」
そう言うとシグムンドは豪華なベッドの上に横たわると夜が来るまでそのまま眠ってしまったのだった。




