見守ること
二時間ぐらい経っただろうか。
「おはよう……と言ってもまだ、夜だけどな。」
アルラがゆっくりと起き上がった。
「あれ? なんで、お兄ちゃんがここに、お兄ちゃんは、山に芝刈りに行ったはずじゃ……」
どうやら、寝ぼけてるようだ。というか、山へ柴刈りってどんな夢を見てたんだろうか。
不意にアルラの視線が、下の方へと移動する。
「な……#####」
一瞬で手を引っ込める。
一緒に手をつないでいたことが、そんなにも驚いたのか、顔が真っ赤になっている。今にも、沸騰して爆発しようだ。
先ほどまでは、無意識に手をつないでいたが、今になると結構恥ずかしい。
先程まで握っていた手が、そわそわする。
けっしていやらしい意味ではないが、とても柔らかかった。
「ま、とりあえず落ち着こうか。」
まずは、一旦アルラを落ち着かせることにした。
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「………というわけなんだ。俺の勝手な都合で承諾して悪かった。」
「ううん、こっちも勝手に飛び出してごめんなさい。」
最初に謝ったのはカズト。
どうして、こうなったのかをアルラに包み隠さず真実を全て教えた。
全てを聞き終えた、アルラは次に自分がどうしてその事を知ったのか、そして、勝手に出て行ってしまい、友人に迷惑をかけた事を謝った。
「でも、お兄ちゃんが落ちこぼれだなんて……私てっきり、エド君が選ばれるかと思ってた。」
「ああ、俺もそう思ってた。」
互いに謝ったことで、空気が和み明るい話へと進んだ。
「たまたま、授業を受けてたら聞こえてきたの……“今年の留学生、Fクラスのカズトってやつらしいぜ,,って。最初は冗談かと思ったんだけど………その後、エド君に聞いたの……」
「なるほど……ところで、エドはなんて言ってた?」
「ザマァ!!って……」
「……そうか。」
よし、明日エドを問い詰めよう。なーに、ちょっと物理的に質問するだけさ。問題ない。
そんな感じ盛り上がってると、カズトが1番にどうするべきか悩んでいる話になった。
「結局、お兄ちゃんは……行くの行かないの?」
「…………俺は」
空気が重くなる。
アルラは行かない事を望んでいるだろう。
しかし、ここに来たのはアルラにそれを言いに来たのではない。
説得する為に来たのだ。
「アルラ、初めて森から出た時、王都を見てなんて言ったか覚えてるか?」
「え? えっと……大きいなって……」
「そう、他には?」
「えっと……この国の色んなところを見てみたいな〜ってところかな?それがどうかしたの?」
「いや、なていうかな……」
「?」
自分の過去をさらけ出すのは少し恥ずかしい。でも、これは言うべきだと思う。
「俺の夢は、冒険者になって、世界中を旅することだったんだ。」
幼い頃の夢が自由になること。冒険者という職業はカズトにとって理想であった。
何より、狭い監獄から出て、自分の知らない世界を見たかったのだ。
「俺の知らないところで、世界は休むことなく回っている。そして、時間は失われていく……変だと思わないか?」
「うーん、確かにそうだけど……」
「そして、いつかは死ぬ。これは、定められた運命。」
いくら強くても、鍛えても、必ずしも生命には終わりがある。
「俺はその運命に抗ってやりたいと思うんだ。そして、その方法が……」
「世界を見ること?」
「ああ、そうだ。」
この世にはまだ誰も足を運んだことのない、未知の世界が広がっている。
俺はそれを知りたい。そして、世界がなんなのかを知りたい。
そして、世界の真実を知った時、そこで終わりにするのではない。
生命には必ずしも終わりが訪れるとき、生命は次の世代へと受け継がれていく。
そした、新たに始まるのだ。
始まりと終わりは表裏一体の関係なのだ。
世界の真実を知った時こそ、終わりであり始まりなのだ。
「それとは別にな、これは、お前のためでもあるんだ。」
「私のため?」
「ああ。」
さかのぼること数ヶ月前、カズトはガイアからこんな事を言われていた。
「姫様の事をよろしく頼むぞ。」
いつも、毒を飛ばしてくるガイアが初めてカズトに頭を下げた時だ。
あの時は、深く考えずに、とりあえず目を離さなければいいと思っていたが、アルラを見てきて思うことがあったのだ。
アルラが唯一の話し相手は、カズトと親友であるアイリスだけである。
マサトーナに着々現象を聞いてはいるが、どうも、他の生徒から遠慮されているそうだ。
高位な人形精霊は強大な力を持つ上に、とても誇り高いと言われている。
ちょっとした、気の緩んだ発言が彼女を怒らせてしまうかもしれないと、恐れているそうだ。
まぁ、確かにアルラはそこら変の精霊よりも……というか、精霊王の血を引いてるが、純粋で優しくていい子なのだ。
でも、アルラはそんな事を気にせずに、むしろ、俺とアイリスがいるから問題ないと思っている。
それが問題なのだ。
もし、なんらかの理由で二人ともアルラの前からいなくなったらどうなるのか。
ガイアの言っていた事は、「姫様を成長させろ」という意味も入っているのだ。
これは、ガイアが俺に託したアルラへの修行なのだ。
生きていく上で、自分一人で解決しなければならない事がある。人に頼ってるばかりでは、前には進めない。
それを、アルラには知って欲しいのだ。
「俺は、ずっと一人だった。頼れるのは自分だけ、誰も信じるな。絶対に背中を向けるな。そうやって生きてきた。」
その結果が力を求めて、いつしか、世界を敵に回しながら覇道の四刀として活動していた。
「その結果、大事な部分が俺には壊れてたんだ。気づいた時には、どうしようにもないくらいにボロボロだった。」
過去に何があったのかは、アルラには教えていない。無論、覇道の四刀だった事も。
「でも、そんな時にお前が俺を助けてくれた。そして、俺は誓ったんだ。アルラを敵から守るって。でも、それよりも大切な事に気がついた。」
「大切な事?」
「ああ、敵から守る事も大事だがそれよりも、見守る事の方が大事だってな。」
それは、アルラが姫様だからではなく、一人の妹としての考えだ。
全てを話し終えた。
後は、アルラがどう思うかである。俺は、覚悟を決めた。それが、ちゃんと伝わったのかはわからない。
そして、今度はアルラが覚悟を決める番である。
すこし、夜空を見上げて考え始めた。
アルラも同様複雑な状況なのだ。それを今ずく、答えさすのは最低だ。
しかし、アルラも覚悟を決めたらしく次のような質問をしてきた。
「お兄ちゃんは……必ず帰ってるの?」
帰ってるね……戦争に行くわけじゃないから、大丈夫だ。
「ああ、いつになるかはわからないが必ず帰ってくる。」
「そっか……」
それを聞いて、アルラの表情はとても明るくなった。それどころか、少し大人に見えてきた。
「じゃ、今日はこのまま、ここで寝よ?」
束の間、すぐに普段のアルラに戻ってしまった。
「いや、流石にここで寝るのは……」
「えー、お願い!!」
涙目になるアルラ。ここは、厳しく……
「はぁ、しょうがないな。」
「やった!!」
生きたいところだが、あの階段を降りるのは面倒くさい。悪魔でいうが、あの階段を下りるのが面倒くさいからだ。
アルラが可愛いからじゃない。
うれいしのか、再び抱きついてきた。
しょうがないと思い、優しくて頭を撫でようとしたら……
「ねぇ、なんか、お兄ちゃんから女の匂いがするんだけど?」
「え!?」
息を大きく、すぅーっと吸ったかと思ったら匂いを嗅いでいたようだ。
「どういう事かな? アイリーの他に二人くらい別の人の匂いがするんだけど?」
やばい、アルラから鬼が出現した。
「カズト、正座!」
「はい!」
こうなってしまってはかなわない。
せめて、早く終わることを星に願おう。
しかし、星は乙女の願いは聞いても男の願いは聞かないのであった。




